よみもの・連載

下町やぶさか診療所2

第一章 沖縄からきた娘・後

池永 陽You ikenaga

 理路整然といった調子で八重子は話すが、夏希は決して優しい女ではない、けっこう強(きつ)いと麟太郎は心の奥でひとりごちる。それに事が事なのだ。そう簡単に夏希に話す訳にもいかない。しかしここは八重子のいう通りにしたほうが……。
「そうだな。ここは一番、八重さんのいうように夏希ママのところへでも出かけたほうが無難かもしれねえな」
 肩を落していう。
「そうですよ。そうなさるのが、一番懸命かと。麻世さんのほうには私から伝えておきますので、大先生はこのまま、裏口のほうからでも、こそっと」
 それではまるで、こそ泥だ。
「いや、そこまでやると、いかにもわざとらしいから、麻世には俺のほうから声をかけておくよ――しかしすまねえな。八重さんにまでいろいろ心配かけてよ。まったく面目ねえ次第だ」
 麟太郎は八重子に軽く頭を下げ、この場を締め括った。
 母屋のほうに行くと、ちょうど二階からおりてきた麻世が、台所に向かうところだった。
「麻世、俺はこれから外に出るから、夕食はいらねえ。もし倅(せがれ)がきたら、インスタントラーメンでも食わせてやってくれ」
 なるべく普段の口調っぽくいった。
「わかった」
 と麻世は答えてから、
「自分でつくって食べろって、いってやるよ」
 何でもないことのようにいった。
「すまねえな、麻世……お前にもいろいろ心配かけてよ」
 ぼそっといった。
「いいよ。まだ何がどうなのか、はっきりしてないし、それに──」
 ちょっと言葉を切ってから、
「大人には大人の、いろんな事情があるんだろうから。あんまり、私に気を遣うことはないよ」
 これまでとは違う、麻世らしからぬことを口にして「じゃあな、じいさん」といって台所に入っていった。
 母親の件が曲がりなりにも片がついてから、麻世も少し変ってきた。そんな気がした。それがいいのか悪いのかは、まだよくわからなかったが。

プロフィール

池永 陽(いけなが よう) 1950年愛知県豊橋市生まれ。グラフィックデザイナーを経て、コピーライターとして活躍。
98年「走るジイサン」で第11回小説すばる新人賞を受賞し、作家デビュー。2006年、『雲を斬る』で第12回中山義秀文学賞を受賞する。著書に『ひらひら』などがある。

Back number