よみもの・連載

下町やぶさか診療所2

第一章 沖縄からきた娘・後

池永 陽You ikenaga

 妙に感心した口調でいう麟太郎の顔を夏希が覗(のぞ)きこんできた。
「ところで大先生。何か心配事でもあるんですか。声にいつもの張りがないし、顔のほうも妙に沈んでいるように」
 声の調子をがらりと変えていった。
「わかるのか……」
 ぽつりというと、
「わかりますよ、私もこの商売は長いですから。お客さんの心の状態がわからなければ、接待業のプロとはいえません」
 はっきりした口調で夏希はいった。
「そうか。それならいうが、実は大きな心配事がある」
 麟太郎もはっきりと声に出す。
「じゃあ、いいなさい。全部聞いてあげますから、洗い浚(ざら)い懺悔(ざんげ)しなさい。楽になるから、すべてを」
 神父のようなことをいった。
「いいたいが、いえねえ」
 麟太郎は首を横に振る。
「いえないって、どういうことなの」
「迷惑のかかる人が、出るからよ」
「迷惑って――まさかとは思うけど、男と女の話なんですか」
 まさかだけは余分だろうと思いつつ、麟太郎はわずかに首を縦に振る。
「えっ、大先生、どこかの女とできちゃったんですか。どこの誰なんですか、その女は。私という者がありながら」
 問いつめるように夏希はいうが、最後の言葉はつけ足しのようにも聞こえた。
「今の話じゃねえよ。二十年近くも前の因縁話だよ」
 声をひそめて麟太郎はいう。
「あっ、なるほど」
 夏希はすぐに納得したような声をあげ、
「二十年近く前の因縁話なんですね――そのツケが今、大先生のところに回ってきたということなんですね」
 大きくうなずいた。
「まあ、そんなところだ」
 低い声で麟太郎はいう。
「何がどうなのか、大体想像はつきますけど、大先生がいわない限り、私も口には出しません。でも、それは……いったいどうしたら、いいんでしょうね」
 何もかもわかったような口振りで、夏希は大きな吐息をもらした。そして、
「それで大先生は、何も聞いていない私にどうしろっていうんですか。相槌(あいづち)も打てない、助言もできない私に」
 困惑の表情を浮べた。
「俺はただ優しい気持に触れたくて、ここへよ。それだけだよ」
 消え入りそうな声を麟太郎は出す。
「そういうことですか。それなら任せてください。さっきもいったように、私も接待業のプロですから」

プロフィール

池永 陽(いけなが よう) 1950年愛知県豊橋市生まれ。グラフィックデザイナーを経て、コピーライターとして活躍。
98年「走るジイサン」で第11回小説すばる新人賞を受賞し、作家デビュー。2006年、『雲を斬る』で第12回中山義秀文学賞を受賞する。著書に『ひらひら』などがある。

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