よみもの・連載

下町やぶさか診療所2

第一章 沖縄からきた娘・後

池永 陽You ikenaga

「そういうことか。それで、律子さんは、まだご健在なのか。美咲さんと一緒に住んでいるのか」
「どんな理由があったのかわかりませんが、半月ほど前に急にいなくなりました。警察に失踪届は出してありますが、まだ見つかってはいません……そしていなくなる直前に、真野麟太郎というのが私の父親の名前だと」
 唇をぎゅっと引き結び、
「だから今は、俊郎おじさんの家に住まわせてもらっています。俊郎おじさんは、自分は独り身で家族もいないから、誰に気兼ねすることもないので、いつまでいてもいいからといって私を」
 つかえつかえ美咲はいった。
「そうか、俊郎のところに――」
 麟太郎は呟(つぶや)くようにいい、
「それで律子さんは、なぜこの時期に失踪などということを」
 これも呟くように口にした。
「本当の理由はよくわかりませんが、ひとつは私が看護学校の試験に合格したということで、気が緩んだのかもしれません」
 吐息をもらすようにいった。
「美咲さんは、この春から看護学校に行くのか。それはよかった、それはいい」
 いいながら麻世のほうをちらっと見ると、大きく目を見開いて美咲の顔を凝視しているのがわかった。
 それにしても、いったい、何がどうなっているのか。わからないまま小さな吐息をもらして、麟太郎が視線を美咲の顔から宙に移して太い腕をくむと、
「真野先生。あなたが本当に私の父親なんですか」
 叫ぶような声が飛んだ。
「それは――」
 麟太郎は絶句した。
「それは、何です」
 麟太郎は宙を睨(にら)んでいた目を、美咲の顔に戻した。
「多分、違うと思う」
 曖昧な言葉が口から飛び出した。
「多分って、どういうことですか。意味が全然わかりません、多分って」
 美咲が泣き出しそうな声を出した。
「それは、どういったらいいのか、俺にも説明のしようが……」
 おろおろ声を麟太郎はあげる。
「説明のしようがなくて、多分っていうことは、父親なのかもしれないってことですか。そういうことなんですか」
 泣き声だった。
「それはまあ、何といったら」
 困惑の表情で麟太郎が言葉を濁すと、
「もういいです」
 美咲が喚(わめ)くような声をあげた。

プロフィール

池永 陽(いけなが よう) 1950年愛知県豊橋市生まれ。グラフィックデザイナーを経て、コピーライターとして活躍。
98年「走るジイサン」で第11回小説すばる新人賞を受賞し、作家デビュー。2006年、『雲を斬る』で第12回中山義秀文学賞を受賞する。著書に『ひらひら』などがある。

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