よみもの・連載

下町やぶさか診療所2

第二章 家族会議・前

池永 陽You ikenaga

「何だそれは。俺には意味がわからんが、いったいどういうことなんだ」
 苛立(いらだ)った声で比嘉はいった。
「詳細を話すと長くなるし、電話では誤解を生じるかもしれん。だから、その件についてはお前に会ったときにな」
「会ったときにって。それじゃあ、お前は沖縄にくるつもりなのか」
 叫ぶように比嘉がいった。
「ああ、そのつもりだ。近々、なるべく早いうちにそっちに行ってみようと思っている。こっちで、ああだこうだと考えていても埒(らち)が明かねえだろうからな」
 そのつもりだった。事が事だけに、放っておくわけにはいかなかった。様々なことが気になった。
「そうか、わかった」
 という比嘉に、
「ところで美咲さんのほうは大丈夫か。泣きながら診療所を飛び出していったが――それが心配でしようがねえんだが」
 低い声でいった。
「あの子なら大丈夫だ。しっかりしすぎるほど、ちゃんとした子だから。あと二、三日もしたら、卒業旅行完了しましたとでもいって元気よく帰ってくるだろう――表面的にはだろうけどな」
 最後の言葉をつけ加えるように、比嘉はいった。
「そうか。女の子はどこの子も、みんなしっかりしてるようだな」
 麟太郎の脳裏に麻世(まよ)の顔が浮んだ。
「どこの子もって……他にもそういう子がいるのか」
 怪訝(けげん)な口調で比嘉が声を出した。
「ああ。臍曲(へそまが)りだけど、うちにも一人な――これもまあ、会ったときにな」
 麟太郎は詳細を先送りにし、
「それで肝心の、律ちゃんのほうはどうなんだ。行方のほうの見当はつかねえのか」
 気になっていることを訊いた。
「わからん、まったく。失踪の原因も行方のほうも。警察からも何の報告も連絡も入ってないし。ただ……」
 ぽつりと比嘉は言葉を切ってから、
「律ちゃんは小さなころから特別な存在で、神がかり的な子だったから。案外、あっちこっちの御嶽(うたき)を巡っているということも考えられるしな」
 言葉を確かめるような口調でいった。
「御嶽か……」
 ぽつりと麟太郎はいい、
「そうだな、律ちゃんはユタだったから……何があっても不思議ではないともいえる。お前のいうように、あっちこっちの御嶽を巡るために飛び出したともな」
 感慨深げな声を出した。
 ユタとは神と人との間を取り持つ巫女(みこ)であり、沖縄では誰からも一目置かれる存在でもあった。
「そうだ。正直いって、長年近くで暮してきた身内の俺でも、律ちゃんのことはよくわからん。まったく謎そのものの、不思議な女性だ」
 絞り出すような声だった。

プロフィール

池永 陽(いけなが よう) 1950年愛知県豊橋市生まれ。グラフィックデザイナーを経て、コピーライターとして活躍。
98年「走るジイサン」で第11回小説すばる新人賞を受賞し、作家デビュー。2006年、『雲を斬る』で第12回中山義秀文学賞を受賞する。著書に『ひらひら』などがある。

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