よみもの・連載

下町やぶさか診療所2

第二章 家族会議・前

池永 陽You ikenaga

「なあ、比嘉――」
 弾んだ声を麟太郎は出した。
「律ちゃんは、美人だったよな。それも、かなりの」
「ああ、それは俺も同感だ。確かに律ちゃんは美人だった」
 すぐに同意する言葉が返ってきた。
 確かに律子は美人だった。
 凛(りん)とした眉の下には大きくて、それでいて切れ長の目。鼻筋もすっと通り、唇はやや厚めだったが、それが整った律子の顔に、ほどのいい柔らかさを与えた。誰が見ても華があった。
 いい寄ってくる男も沢山いたようだったが、なぜか律子はそれをすべてはねつけたという話も聞いた。一言でいえば身持ちの固い美女。律子はスタイルもよく、すらりとした長身で肢(あし)も長かった。
 その律子が……。
「なあ比嘉。当時律ちゃんは二十七、八歳だったはずだ。その律ちゃんが、いい寄る男をはねつけて、結婚も考えなかったというのは。それはやっぱり、律ちゃんがユタだったという理由からなのか」
 思いきって訊いてみた。
「それもあったかもしれないが、いちばんの原因は……」
 苦しそうな声を比嘉は出した。
「ハンセン氏……」
 絞り出すようにいった。
「ハンセン氏……ハンセン病か」
「お前にはいってなかったが、律子の家系――つまりは俺の家系でもあるが。ハンセン病の患者が出ているのは確かな事実だ。そして、律子がそれを酷(ひど)く気にしていたのも、確かなことだ」
 比嘉の声が掠(かす)れた。
「気にするのはわからないでもないが、ハンセン病は決して遺伝子性の病気ではないし、それに――」
 言葉をつづけようとする麟太郎に「待て麟太郎」と比嘉は叫ぶようにいった。
「お前がさっき律ちゃんとのことを、誤解を生じることがあるから電話では無理だといったように、この話も電話では無理だ。だから今度会ったときに」
 重苦しい声を比嘉は出した。
 瞬間静寂が周りをつつみ、
「わかった。そうしよう」
 それを追いやるように、殊更(ことさら)明るい声で麟太郎はいった。
 それからしばらく当たり障りのない話をして電話を切った。

プロフィール

池永 陽(いけなが よう) 1950年愛知県豊橋市生まれ。グラフィックデザイナーを経て、コピーライターとして活躍。
98年「走るジイサン」で第11回小説すばる新人賞を受賞し、作家デビュー。2006年、『雲を斬る』で第12回中山義秀文学賞を受賞する。著書に『ひらひら』などがある。

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