よみもの・連載

下町やぶさか診療所2

第二章 家族会議・前

池永 陽You ikenaga

「ハンセン病か……」
 と呟(つぶや)くようにいったとき、玄関の扉が開く音が聞こえた。
「ただいま、じいさん」
 といって麻世が居間に入ってきた。
「おう、麻世。早いな今日は」
 麟太郎の前のイスに腰をおろす麻世にこういうと、
「何いってんだよ。もうそろそろ六時になるころなのに。大丈夫か、じいさん。例の件で落ちこみすぎてるんじゃないのか」
 呆(あき)れたような表情で麻世はいった。
「えっ、もうそんな時間か――うだうだといろんなことを考えていて、時間の経(た)つのを忘れていたようだな」
 苦笑を浮べて麟太郎はいう。
「うだうだというのは、やっぱり例の件か――それはそうとして、あの美咲さんという人は大丈夫なんだろうか。泣きながら飛び出して行ったけど」
 麟太郎が比嘉にいった同じ言葉を、麻世は口にした。
「昨日の夜、あれから美咲さんが世話になっている、俺の旧友の比嘉という男に電話を入れたんだが、その点なら大丈夫だろうといっていた」
「じいさん、沖縄に電話をしたのか」
 独り言のように呟く麻世に、
「ああ、とにかく。比嘉がいうにはあの子はしっかりしすぎるほど、ちゃんとした子だから、二、三日もしたら元気よく帰ってくるだろうと。卒業旅行で、東京に行ったともいっていたな」
 と麟太郎は、うなずきながらいう。
「しっかりしすぎるって――それは表面のことだけだろ」
 じろりと麻世は睨(にら)むような目をした。
「表面だけにしろ何にしろ。しっかりしていれば大丈夫だと思うが……」
「しっかりしすぎてる子は、もろいんだよ。何か事がおきると、ぽきりと簡単に心が折れちまうんだよ。それが心配なんだよ」
 確信ありげに麻世はいう。
「しっかりしすぎてる子は、もろいか――なるほどそうかもしれねえな。ということは、お前もそうか、麻世」
 今度は麟太郎が、じろりと睨む。
「私は大丈夫だよ。しっかりもしてないし、しすぎてもいないし。見た通りの男みたいなガサツな女だから、折れないよ――ただ、あの人は私に似ているところもあるから。だからだよ」
 麻世は両頬を膨らませる。
「似ているというのは、美咲さんもお前も、見た目が可愛いということか」
 怒るだろうなと思いつつ、麟太郎はこんな言葉を麻世にぶつけた。
「何いってんだよ、間違えるなよ、じいさん。私のいってるのは境遇のことだよ。あの人も私も、母一人子一人で育って。おまけによその家に転がりこんで厄介になって――そのあたりがそっくりだって、いってるんだよ」
 やっぱり怒った。

プロフィール

池永 陽(いけなが よう) 1950年愛知県豊橋市生まれ。グラフィックデザイナーを経て、コピーライターとして活躍。
98年「走るジイサン」で第11回小説すばる新人賞を受賞し、作家デビュー。2006年、『雲を斬る』で第12回中山義秀文学賞を受賞する。著書に『ひらひら』などがある。

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