よみもの・連載

下町やぶさか診療所2

第二章 家族会議・前

池永 陽You ikenaga

「おじさん――」
 元ヤンキーの麻世が、ドスの利いた声を出した。
「ちょっと意味がワカラナイんですけど。よくわかるように、もう一度話してもらえますか」
 日頃は荒っぽい口調の麻世がやけに丁寧な言葉つきで、しかもうっすらと笑みを浮べて潤一を見た。
「あっ、それはだね、麻世ちゃん――」
 どうやら潤一は麻世が切れる寸前の状態に陥っていることに気がつかないようで、さらに説明を加えようと声をあげた。
「ようし、そこまでだ」
 慌てて麟太郎は停止の言葉を出した。
 やっぱりこいつは麻世のことに限っていえば、まったく学習能力がない。大学病院では想像以上に看護師連中に、チヤホヤされているに違いない。
「麻世は半分までは知ってるが、お前はまったく知らないということで、最初から順を追って話すからよく聞いてくれ」
 麟太郎はこう前置きをして、突然美咲と名乗る女性が訪ねてきたことから、その夜、沖縄にかけた比嘉俊郎との電話でのやりとりの詳細までを丁寧に潤一と麻世に話して聞かせた。
「それでその、身に覚えがあるかどうかのくだりなんだけど、実際のところはどうなっているんだ、親父」
 聞き終えた潤一が身を乗り出してきた。
「残念ながら、それはまだいえん。いうとしたら、俺が沖縄から戻ってきてからだ」
 いったとたん、麻世の両目が輝くのがわかった。いつもなら何に対しても欲のない麻世が沖縄という地名にこんな反応をするということは……沖縄武術という言葉がするすると麟太郎の頭に浮ぶ。
「沖縄まで行ってくるのか、親父は。そんな時間が取れるのか」
 呆れたように潤一がいった。
「土日の休みを利用しての、トンボ返りだ。だから、残念ながら麻世――お前を連れていくわけにはいかん」
 やんわりといった。
 とたんに麻世の体から、力が抜けるのがわかった。
「私は別に……」
 やっぱり仏頂面だ。
「じゃあ、とにかく沖縄から帰ったら、きちんと詳細を話してくれるということだな。しかし、ハンセン病とは……」
 首を傾げて念を押すように潤一はいい、
「美咲さんの様子を、しっかり見てきてよ、じいさん」
 麻世がこういって、麟太郎のいう家族会議は無事終った。

プロフィール

池永 陽(いけなが よう) 1950年愛知県豊橋市生まれ。グラフィックデザイナーを経て、コピーライターとして活躍。
98年「走るジイサン」で第11回小説すばる新人賞を受賞し、作家デビュー。2006年、『雲を斬る』で第12回中山義秀文学賞を受賞する。著書に『ひらひら』などがある。

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