よみもの・連載

下町やぶさか診療所2

第二章 家族会議・前

池永 陽You ikenaga

「いや、親方。それはちょっと早合点が過ぎるというか、何というか。みんなが思ってることは誤解というか、何というか。そこんところをちゃんと」
 弁解するように麟太郎は言葉を並べたてるが、徳三はまったく、受けつけようとはしない。ニヤニヤ笑っているだけだ。
「そんなことより、親方。連日、この店に入りびたっているということは、本気で夏希ママに……」
 話題を変えることにした。
「おう、惚(ほ)れたのよ」
 臆面もなく口にした。
「それはまあ、何といったらいいのか」
 ほんの少し憐(あわ)れんだような声を出すと、
「ついさっきも夏希ママに、惚れちまったから、俺と一緒になろうといったばかりだ」
 とんでもないことを口にした。
「そうしたら、何といったと思う」
 麟太郎の胸が早鐘を打ち出した。
「親方、収入はいかほどですかと訊きやがるので、弟子に給料を払ったら残るのはわずかなもんだと胸を張っていってやった。すると」
 本当に徳三は薄い胸を張った。
「今度は、それは大変ですねえ。それじゃあ、なかなか、深川芸者を身請けすることなどはといいやがるので、あの綺麗な顔に極めつけの一言を叩(たた)きつけてやったら、すぐに手のひら返しで愛想がよくなった。やっぱり夏希ママは潔い、女のなかの女だ」
 徳三はコップに残っていたビールを、一息で飲みほした。
「いったい、何ていったんですか。親方は夏希ママに」
 麟太郎は身を乗り出した。
「収入は少ねえが、土地家屋はすべて俺の名義だってね」
 とたんに麟太郎の口から吐息がもれた。
 確かに徳三の家の土地を金に換えれば、相当の額になるはずだった。徳三の土地はかなりの広さがあった。
「お待ちどおさま、大先生」
 そんなところへ、夏希がビールとお通し、それにオシボリを持ってやってきた。
 夏希の両目が、じっと徳三の顔を見た。

(つづく)

プロフィール

池永 陽(いけなが よう) 1950年愛知県豊橋市生まれ。グラフィックデザイナーを経て、コピーライターとして活躍。
98年「走るジイサン」で第11回小説すばる新人賞を受賞し、作家デビュー。2006年、『雲を斬る』で第12回中山義秀文学賞を受賞する。著書に『ひらひら』などがある。

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