よみもの・連載

下町やぶさか診療所3

第三章 御嶽での一夜・後

池永 陽You ikenaga

 着ているものは質素そのもので紺のTシャツに、ざっくりしたかんじの白い木綿のシャツ、それに下は洗いざらしのブルージーンズだ。律子は長袖の綿シャツを無造作に腕まくりしていた。
 沖縄でいうジグローなのか日焼けのせいなのかはわからなかったが肌の色は浅黒く、やや長めの髪を無造作に後ろにたらしている。顔立ちは整っていたが、化粧気はまったく感じられず、どうやらスッピンのようだ。
 いちばん特徴的なのは大きな目だった。何かを探し求めるような強い眼差(まなざ)しで、きらきら輝いていた。そして、浅黒い顔から覗(のぞ)く歯は真白だった。
 野性の美少女。
 麟太郎の律子に対する第一印象は、この一言だった。強烈だった。
「どうだ、綺麗(きれい)だろ」
 自慢げに比嘉がいった。
「確かに綺麗だ。穿(うが)ったいいかたをすれば、沖縄ならではの美しさだ。本土では見られない、強さを伴う素の美しさだ。しかし、お前にこんな可愛い姪がいたとはな」
 感嘆した口調で麟太郎はいった。
「綺麗なのは店にしたら、有難いんだけどね」
 突然、恭子ママが割って入った。
「この子は店をよく休むんだよ。どこへ行くのかわからないけど、四、五日消えてしまうこともあってね。そんなときは、お客からブーイングの嵐。それさえなければね」
 本音らしきことを口にした。すると、
「神様のお告げだから」
 今度は明るい声で律子がいった。
「そうだね。律ちゃんはユタだから、仕方がないよね」
 やや諦め調の口振りだった。
「ユタ……」
 独り言のように麟太郎が呟(つぶや)くと、
「本土(ヤマト)でいうところの巫女(みこ)さんのようなもんだ。だから小さいころから時折神がかり状態になって、訳のわからないことを口走る」
 苦笑しながらいう比嘉に、
「訳がわからないのは、おじさんたちの修行不足のせい。もう少し、自然のうめきや、ささやきに敏感になったほうがいい」
 困ったもんだという顔を律子はしてから、
「そっちのおじさんが、私のことを誉(ほ)めてくれたようだったから、そのお礼代りに唄を歌うことにしまあす――ママ、CD止めてくれる」
 あっけらかんとした口調でいった。
 すぐによく通る声が耳を打った。
 島唄だ。
 律子はのびやかな声で、朗々と、そして時折感情を素直に入れこんで声を響かせた。
 いい声だった。
 聴く者をいい気分にさせた。
 麟太郎は、ユタと呼ばれる美少女の唄を膝の上に両手を置き、目を閉じて聴きいった。心に響いた。
 唄が終ると同時に自然に両手が動き、麟太郎は盛大な拍手を送った。
「また、おじさんが誉めてくれたようだったから、これからみんなで宴会をすることにしまあす。私はお酒が大好きですから。もちろん、すべて俊郎(としろう)おじさんの奢(おご)りでえす。どっちみち今夜はもう、お客さんはこないはずですから」
 こんなことを宣言して、四人で宴会ということになった。
 律子は酒が好きだというだけあって、強かった。泡盛の水割をぐいぐい飲んだ。麟太郎も酒は強いほうだったが、律子には敵(かな)わない気がした。
 偶然なのだろうが律子のいった通り、それから客は一人もこなかった。
 酔いつぶれた麟太郎の耳に、
「私、おじさんを好きになるかもしれない」
 こんな律子の声が、ぼんやりと聞こえた。
 これが律子との最初の出会いだった。

プロフィール

池永 陽(いけなが よう) 1950年愛知県豊橋市生まれ。グラフィックデザイナーを経て、コピーライターとして活躍。
98年「走るジイサン」で第11回小説すばる新人賞を受賞し、作家デビュー。2006年、『雲を斬る』で第12回中山義秀文学賞を受賞する。著書に『ひらひら』などがある。

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