よみもの・連載

下町やぶさか診療所3

第三章 御嶽での一夜・後

池永 陽You ikenaga

 それからは酒盛りになったが、今夜は他の客もきていて最初のときのように貸切り状態というわけにはいかなかった。
 それでも律子は島唄を朗々と歌い、泡盛の水割りを何杯もお代りした。
「あのなあ、麟太郎。申しわけないんだけど、実は俺……」
 と、しばらくして、いかにもすまなさそうに比嘉が口を開いた。
「同じ医者仲間の友達なんだが、那覇(なは)で開業しているそいつの奥さんが蜘蛛膜下出血(くもまくかしゅっけつ)で急に亡くなって、明日はその葬儀ということになったんだ。ことによると泊りということも考えられて、お前につきあうことがな」
 いいづらそうに口にした。
「そいつは大変だな。いいよ俺は。どこかで時間をつぶしてくるから。子供じゃねえんだから、心配することはねえよ」
 小さくうなずいて返事をすると、
「殿、心配御無用。私めにおまかせを」
 カウンターの向こうから、時代劇調の声がかかった。律子だ。
「私が麟太郎を、あちこち連れ回してやるから、おじさんは心配することはないわよ。麟太郎だって、ムサいおじさんより、若くてぴかぴかの私のほうが一緒にいても張りが出るだろうし」
 相当な量の酒を飲んでいるはずだが、きっぱりした調子で律子はいった。
「律ちゃんが面倒を見てくれるのか。そいつは有難いな。じゃあ、律ちゃんに甘えてみるか。しかし、麟太郎が何というかだが」
 比嘉は麟太郎の顔を窺(うかが)うように見る。
「そりゃあ俺だってムサいお前より、綺麗な律ちゃんのほうが嬉しい限りだ」
 少しにやけていってやる。
「でも律ちゃん。こんなオジサンと一緒で、本当に退屈しないのか。無理をしてるんじゃないだろうな」
 心配そうな声をあげる比嘉に、
「無理はしてない。何たって、私の相手は毎日毎日、おじさんたちばかりだから、慣れてる。もちろん、そのなかには俊郎おじさんも入ってることをお忘れなく」
 律子は、ぴしゃりとした調子でいった。
「そうか。じゃあ、まあ、頼むとするか」
 比嘉は律子に頭を下げる。
「きまり。なら明日の朝十時頃、医院のほうへ迎えに行くから」
 律子が叫ぶようにいって、明日は二人で一緒に出かけることになった。
 カウンターに並ぶ客たちの顔をちらっと見ると、みんな羨しそうな顔をしているのがわかった。

プロフィール

池永 陽(いけなが よう) 1950年愛知県豊橋市生まれ。グラフィックデザイナーを経て、コピーライターとして活躍。
98年「走るジイサン」で第11回小説すばる新人賞を受賞し、作家デビュー。2006年、『雲を斬る』で第12回中山義秀文学賞を受賞する。著書に『ひらひら』などがある。

Back number