よみもの・連載

下町やぶさか診療所3

第六章 隔離施設のなかで・前

池永 陽You ikenaga

 昨日とは打って変って、空は真青に晴れわたっている。
 麟太郎(りんたろう)は麻世(まよ)と二人だけで比嘉(ひが)の家を出て、屋我地島(やがじしま)にある『沖縄愛楽園』にタクシーで向かった。屋我地大橋を通って島に入ったのが昼の十二時少し前。そのまま愛楽園の前まで行ってタクシーを降り、近くの食堂に入って、まず昼食を摂(と)ることにした。
「園のなかには二人で入るが、資料館である『交流会館』にはお前一人で行って、気のすむまで展示してあるものを見てこい」
 ソーキソバの定食を食べ終えた麟太郎は、淡々とした調子で麻世にいう。
「わかった――」
 これも食事を終えた麻世が硬い声を出して、小さくうなずく。
「行く前にハンセン病の基本的なことだけを話しておく……今現在を例にすれば、日本ではハンセン病はほぼ根絶されて患者数は極めて少数だが、世界に目を向けると、まだ二十万の人がこの病気で苦しんでいるのも確かだ」
 麟太郎は麻世の顔を真直(まっす)ぐ見すえた。
 抗酸菌の一種によって発症するハンセン病は皮膚や末梢神経が侵される、慢性型の感染症だった。
 このため知覚麻痺(まひ)が生じて熱さや痛みを感じなくなり、火傷や怪我(けが)などの外傷が多発することになる。また神経系統が侵されることによって顔面や手足に引きつれが起き、容貌や体形に変形をきたすことにもなった。そしてこれが人々に誤解を与える、一番の要因ともいえた。
「顔の形が変るの!」
 思わず麻世が声をあげた。
「残念なことだが、これは事実だ。もちろんすべての人がそうなるわけではないが、なかにはそういう症状の人もな……こんなところから、ハンセン病は業病という誤解が生じ、世の中の人々は罹患(りかん)するのを怖れてハンセン病患者を忌み嫌い、差別するようになってしまった。悲しいことだがよ」
「差別……」
 唸(うな)るような声を麻世が出した。
「麻世も小学生のころは貧しさゆえの差別を受けてきたようだが、この人たちの差別はそんな生易しいものじゃねえ。人間としての尊厳を根底から否定する、悲しすぎるほどの差別だ」

プロフィール

池永 陽(いけなが よう) 1950年愛知県豊橋市生まれ。グラフィックデザイナーを経て、コピーライターとして活躍。
98年「走るジイサン」で第11回小説すばる新人賞を受賞し、作家デビュー。2006年、『雲を斬る』で第12回中山義秀文学賞を受賞する。著書に『ひらひら』などがある。

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