よみもの・連載

下町やぶさか診療所3

第六章 隔離施設のなかで・前

池永 陽You ikenaga

 政府がハンセン病の予防法を制定したのが昭和六年。これによってハンセン病と認定された者は男女を問わず、子供から大人まですべての人間が強制的に日本各地の療養所に送りこまれて隔離されることになった。
 子供たちはその施設内にある学校に通わされ、大人たちのなかには、施設内の患者同士で結婚をして一生療養所を出ることも叶わず、生涯をここで終る者も少なくなかった。
 なかには施設からの脱走を試みる者もいたが、すぐに連れ戻されて監禁室に収容。食事抜きなどの懲罰が加えられたが、これは療養所の規則を破った者も同様だった。
 このハンセン病の予防法が全面廃止されたのは一九九六年、平成八年のことだった。
「じいさん」
 麻世が掠れた声を出した。
「資料館のなかには、夥(おびただ)しい数の作文や手記が並んでいたけど、私はそれを読んで、この資料館のなかのすべての空気が泣き叫んで震えているように感じられたよ」
「そうか。麻世には資料館のなかの空気が、泣き叫んでいるように感じられたか。そうか、そういうことなんだろうな」
 麟太郎は独り言のようにいい、
「それからな、これがこの施設で亡くなった、ハンセン病患者の人たちの納骨堂だ」
 傍らに建っているコンクリート造りの建物を手で示した。
「それは、私にもわかった」
「実の家族でも、周りの偏見や差別から、亡くなった人の遺骨の受け取り手がなかなかなくてな。だからこうしたものを造らざるを得なくてな」
 麟太郎はその場所から少し歩いて、
「そしてこれが、この施設で赤ん坊を生み落した母親の碑だ。心を落ちつかせて読んでみろ。俺も、お前がいない間に何度も読んだ」
 黒っぽい石造りの碑を麻世に示した。
 以前、比嘉のいっていた問題の碑だ。
 麻世はいわれた通り、それを読む。
「これって!」
 すぐに悲鳴じみた声があがった。
 碑に刻まれた内容は――。
 療養所内で結婚した女性が、身籠った赤ん坊を早産させられ、生まれてきた赤ん坊は母親のすぐ横で注射をされて……。

プロフィール

池永 陽(いけなが よう) 1950年愛知県豊橋市生まれ。グラフィックデザイナーを経て、コピーライターとして活躍。
98年「走るジイサン」で第11回小説すばる新人賞を受賞し、作家デビュー。2006年、『雲を斬る』で第12回中山義秀文学賞を受賞する。著書に『ひらひら』などがある。

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