よみもの・連載

下町やぶさか診療所3

第六章 隔離施設のなかで・前

池永 陽You ikenaga

 この一言で恭子ママは沈黙した。
「おい、おっさん。俺は嘘(うそ)をいってるわけじゃねえ、バイキンにバイキンといって何が悪い。これも世のため人のため。俺なんかさしずめ、正義の味方のようなものだ」
 これはまずい。
 麟太郎はそう思った。このままだと秀治はハンセン病の件をここでぶちまける恐れがある。恭子ママと、おそらくこれも何も知らない客の前で。そんなことになれば……これは何とかしなければと麟太郎が焦った瞬間、それまでおとなしく隣の奥の席に座っていた麻世が立ちあがった。
「物騒な兄さん、私も美咲さんの身内のようなもんだけど――どう、私と勝負をしてみない。一対一の」
 平然といい放った。
 秀治の視線が麻世の顔に張りついた。
 驚きの表情が秀治の顔に浮んだ。
「これはまた、えらく可愛(かわい)い姐(ねえ)ちゃんが、登場してきたもんだな……あんたも美咲一族の身内なのか」
「そうだよ。だから、体を張ってでも美咲さんを守ってみせるつもり」
 麻世は凛(りん)とした声でいい、
「もし私が勝ったら、兄さんはこの店に出入り禁止。もちろん、美咲さんにも金輪際ちょっかいは出さない。でも、もし兄さんが私に勝ったら――」
 じろりと秀治を睨んだ。
「俺が勝ったら、どうなるんだ」
 面白そうに秀治がいった。
 そのとき、ふいに入口の扉が開いてかなり大柄な外国人が入ってきた。
「ハーイ、美咲」
 と機嫌よく声をかけて、空いている席に座りこんだ。
 これが多分、キャンプ・ハンセンにいる海兵隊のエリック・ギルバートという男に違いない。外国人の年齢はよくわからないが、大体二十代のなかばほどで、日頃の訓練の成果なのか、体は頑丈そうで引き締まっている。特に左右の腕は丸太のように太かった。
「エリック、てめえまたきたのか。あれほど美咲には手を出すなといっておいたのに、頭にくる野郎だな、おめえはよ」
 怒鳴るようにいった。
 どうやら二人はすでに、美咲を間に置いた知合いのようだ。

プロフィール

池永 陽(いけなが よう) 1950年愛知県豊橋市生まれ。グラフィックデザイナーを経て、コピーライターとして活躍。
98年「走るジイサン」で第11回小説すばる新人賞を受賞し、作家デビュー。2006年、『雲を斬る』で第12回中山義秀文学賞を受賞する。著書に『ひらひら』などがある。

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