よみもの・連載

下町やぶさか診療所3

第六章 隔離施設のなかで・後

池永 陽You ikenaga

 ちょっといい辛(づら)そうにいう麻世に、
「そう。でも、肝心なそういうことに関しては、なかなかあの子、話してくれなくて。だから、あんまり怒らせてもと思って騒ぎ立てないように」
 美咲も掠(かす)れた声で答えた。
「その張本人の、あいつの父親っていうのは今、どうしてるんだ」
 比嘉(ひが)が身を乗り出してきた。
「残念ながら、二年前に心臓発作で亡くなったとかで、今はもう」
 美咲は首を左右に振って、うなだれた。
「ということは、その件で何かを知っているかもしれないのは、あの秀治(しゅうじ)という半グレだけ。そういうことになるのか」
 独り言のようにいう麻世に、
「そう、だからね……」
 ぽつりと美咲は答えた。
「それにしたって、その何かを知っているということが本当とは限らないんじゃないか。お前の気をひくために、口から出まかせってことも考えられるぞ」
 比嘉が吐き出すようにいった。
「そうも考えたけれど、私にはあの子が嘘(うそ)をいっているようには……どんなことかは見当もつかないけれど、何かは知っている。勿体振ってなかなかいわないけれど、そのうち多分、恩着せがましく口にするような気が」
 何かにすがるような口振りで、美咲は比嘉と麻世に向かっていったという。
「なるほどな――」
 話を聞き終えた麟太郎は、麻世の顔を見て大きくうなずいた。
「美咲さんにしたら、自分の父親が誰であるか知りたくてあの店で働き始めたようなものだから、その手の情報は喉から手が出るほど知りたいよな」
 はっきりした声でいい、
「しかし、親子二代揃(そろ)って、これも親子二代揃っての女性を好きになるとは、何だかややこしい限りではあるな。もっとも、親子なのだから同じ遺伝子を持っているわけで、これも同じ遺伝子を持った女性を好きになるというのも、うなずけんこともないのか」
 ややこしそうにいった。
「何にしたって、あの半グレがそう簡単にその情報を美咲さんに話すとは、私には到底思えなくて」
「そうだな。あいつにしたらせっかくの切札なんだから、ここぞというときに、何かの交換条件を出してようやくな」

プロフィール

池永 陽(いけなが よう) 1950年愛知県豊橋市生まれ。グラフィックデザイナーを経て、コピーライターとして活躍。
98年「走るジイサン」で第11回小説すばる新人賞を受賞し、作家デビュー。2006年、『雲を斬る』で第12回中山義秀文学賞を受賞する。著書に『ひらひら』などがある。

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