よみもの・連載

下町やぶさか診療所3

第六章 隔離施設のなかで・後

池永 陽You ikenaga

 麟太郎が渋い表情を浮べると、
「何だよ、その何かの交換条件って」
 じろりと麻世が睨んだ。
「それはまあ、何らかの取引きというか、何というか。まあ、ろくでもない話だろうとは思うけどよ」
 むにゃむにゃと言葉を濁す。
「だから――」
 ふいに凛(りん)とした声を麻世があげた。
「それも含めて、手っ取り早く片をつけたほうがいいと思って」
 ぎょっとした目を麟太郎は、麻世に向ける。
「あいつとタイマン張って、有無をいわせぬ勢いでその件も聞き出してやろうと思ってるんだけど」
 物騒なことをいい出した。
「タイマンって、麻世。お前はあいつの居場所を知ってるのか。あいつの家に乗りこむつもりでいるのか」
「そんな失礼なまねはしないよ。ちゃんと礼儀正しく、あいつの習っている空手の道場に行って試合を申しこむつもりだよ。美咲さんの話によると、あいつは強さに対しては人並以上の執着心があって、金曜日か土曜日には必ず道場のほうに行って腕を磨いているらしいから。幸い今日は土曜日だし、これを逃す法はないと思うよ。大体の住所も美咲さんから聞いてきているし」
 立板に水を流すようにいった。
「道場に行って試合を申しこむって――しかし、そんなことをすれば門人たちに寄ってたかって袋叩きにされるんじゃないか。そうなったら、いかにお前だって」
 心配そうな表情を顔一杯に浮べる。
「いくら何でも、そんな無茶なことにはならないと思うけど……もしそうなったとしたらこれで」
 左の胸の辺りを麻世は、ぽんぽんと叩いた。
 持ってきているのだ。
 あの、麻世のお守りともいえる特殊警棒を、上衣の左の部分に忍ばせて。あれを手にして、柳剛流(りゅうごうりゅう)のメインともいうべき剣技で多勢の敵に向かっていくつもりなのだ。
「しかしお前。そんなことをして警察沙汰にでもなったら、大変なことに」
 制するようにいう麟太郎に、
「そうならないように、礼をつくして道場に行くんじゃないか。それに、いざとなったらじいさんも得意の柔道で」

プロフィール

池永 陽(いけなが よう) 1950年愛知県豊橋市生まれ。グラフィックデザイナーを経て、コピーライターとして活躍。
98年「走るジイサン」で第11回小説すばる新人賞を受賞し、作家デビュー。2006年、『雲を斬る』で第12回中山義秀文学賞を受賞する。著書に『ひらひら』などがある。

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