よみもの・連載

下町やぶさか診療所3

第六章 隔離施設のなかで・後

池永 陽You ikenaga

 何でもないように麻世はいう。
「そりゃあ、まあ、一人や二人ぐらいなら、いくら年を取ったといっても……」
 思わずこんなことをいって、麟太郎は慌てて口をつぐむ。
「大丈夫だよ。うちにも道場破りは時々くるけど、そんなときはきちんと作法に則(のっと)って丁寧に相手をさせてもらっているから」
「くるのか。この現代の世の中に」
 驚いた口調で麟太郎はいう。
「くるよ。いつになっても、腕自慢はやっぱりいるから。それに――」
 じろりと麻世は麟太郎を見てから、
「じいさんも私も、しょっちゅう沖縄にはこられないから。今度こられるとしたら、五月の連休ぐらいだろうから。それならまず、目の前にある厄介事をさっさと片づけるのが一番のような気がするけど」
 正論じみたことを口にした。
 こられないなら、まず目の前のこと――麻世のいうように今回沖縄にいられるのは明日の日曜日まで。それですべてが解決するはずもなく、次は五月の連休ぐらいにしかこられない。
 それにしたって、肝心の律子の行方がわからなければ、どうしようもない。と考えていて、やっぱり麻世はまた五月に沖縄にくるつもりなのだと、麟太郎は小さな吐息をもらす。
「それから、さっき」
 よく通る声を麻世が出した。
「こんなことなら、あいつをぼこぼこにしておけばよかった。あいつのネグラに乗りこんで勝負をしてきてもいいかといったら、やってこい、麻世と、じいさんは確かにいったような気がするんだけど。あれは何だったんだろうな」
 決定的な言葉を麻世は口にした。
「それはまあ、そういったことは確かではあるが。あれはまあ、何といったらいいのか、言葉の勢いというか」
 弁解じみた言葉を並べてから、
「それならまあ。さっきお前がいったように作法に則ってだな、できるだけ荒事にならんように穏便にだな――しかし、そういうことになりかけたら俺がなかに入って、とりなすようにするから、お前もそのつもりでな」
 麟太郎が折れた。

プロフィール

池永 陽(いけなが よう) 1950年愛知県豊橋市生まれ。グラフィックデザイナーを経て、コピーライターとして活躍。
98年「走るジイサン」で第11回小説すばる新人賞を受賞し、作家デビュー。2006年、『雲を斬る』で第12回中山義秀文学賞を受賞する。著書に『ひらひら』などがある。

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