第六章 隔離施設のなかで・後
池永 陽You ikenaga
「行くよ、じいさん」
麻世が低い声を出した。
麟太郎の体に緊張が走る。
麻世が声を張りあげた。
「お頼みいたしまあす――」
何となく古風ないいようだ。
すぐに麟太郎たちの前に空手着をまとった若い男が顔を見せた。まだ白帯だ。
「こちらに金武(かねたけ)秀治さんがいらっしゃると聞いて伺ったんですが、どうなんでしょうか」
麻世には似合わぬ、丁寧な口調でいった。
「あっ、いますよ。呼んできましょうか」
若い男は無造作に答え、麻世がうなずくのを見て道場のなかに戻っていった。
少しすると秀治が現れて、麟太郎と麻世の前に立った。こっちは黒帯だ。それも年季が入っているらしく、縁がすり切れている。
「何だ、お前ら、こんなところまで何しにきたんだ」
睨みつけた。顔には怪訝な表情が思いきり浮んでいる。
「あんたと勝負をしにきた。つまりは他流試合だ。どうだ、受けてくれますか」
凛とした声でいった。
「俺と勝負だと。ふざけんなよ、馬鹿女。腕相撲に勝ったぐらいで調子に乗るなよ。ちょっと可愛(かわい)いからって、男を舐(な)めるんじゃねえ」
荒っぽい言葉を麻世にぶつけた。どうやら由緒ある琉球王朝ゆかりの武術も、秀治にかかっては関係ないようだ。
「その腕相撲に負けても、あんたは約束を守らないようだから、こうして鬼退治にやってきたんだ。どうするんだよ、あんた。受けて立つのか」
麻世の言葉も段々荒っぽくなってきた。
嫌な予感が麟太郎の体を突き抜ける。
「女のてめえにこれだけ虚仮にされて、引き下がるわけがねえだろうがよ。幸い先生も今はいねえし、ちょいちょいとかわいがってやるから有難く思え」
秀治が吼(ほ)えた。
が、麟太郎の胸は穏やかではない。今、秀治は先生がいないといった。そんなところでぶつかりあって……。
「おい麻世、大丈夫なのか。責任者が不在なようだけど」
オロオロ声を出した。
「大丈夫だよ。私はこういう状況には慣れてるから。心配いらないよ」
- プロフィール
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池永 陽(いけなが よう) 1950年愛知県豊橋市生まれ。グラフィックデザイナーを経て、コピーライターとして活躍。
98年「走るジイサン」で第11回小説すばる新人賞を受賞し、作家デビュー。2006年、『雲を斬る』で第12回中山義秀文学賞を受賞する。著書に『ひらひら』などがある。