第六章 隔離施設のなかで・後
池永 陽You ikenaga
麻世は強い口調でいってから、
「私は元、筋金入りのヤンキーだったから」
低すぎるほどの声を出した。
麻世がゆっくりと、道場の中央に向かって歩く。秀治の手前まで行って深く頭を下げて礼をするが、秀治は知らん顔だ。
間合は四メートル。
何の前触れもなく、試合は始まった。
すり足で、じりじりと秀治が麻世に近づく。
麻世は動かない。
さらに秀治は間合をつめる。
麻世はまだ動かない。
秀治が間境いを越えた。
一気につっかけた。
フェイント気味に左の蹴りを放つと同時に、左右の正拳突きが唸(うな)りをあげて麻世の顔面を襲った。が、麻世はそこにはいない。
わずかに右側にずれたと思ったら、麻世の右の回し蹴りが秀治の脇腹に飛んだ。
秀治の動きが止まり、棒立ちになった。
ゆっくりと両膝をついた。
「そこまで」
どこからか声が飛んだ。
その声が合図のように、秀治はその場に崩れ落ちた。一撃だった。
麟太郎が麻世の上衣を手にしてそばに走り寄ると同時に、小柄な老人が近づいてきた。
声の主だ。
白髪頭に麦藁帽子をのせ、畑仕事でもしていたのか、汚れた作業衣を着て首にタオルを巻いている。かなりの高齢に見えた。
「おうい、バケツに水」
門下生たちに向かって声をあげた。
「すまんのう。ここの道場主で、金武尚高(しょうこう)といいますがの。何がどうなのかはわかりませんが、おそらくこの馬鹿がまた、ご迷惑をおかけしたんだろうなあ」
飄々(ひょうひょう)とした調子で金武尚高と名乗った老人は、麻世と麟太郎に深々と頭を下げた。
「金武といいますと、ひょっとしてこの秀治君とは……」
- プロフィール
-
池永 陽(いけなが よう) 1950年愛知県豊橋市生まれ。グラフィックデザイナーを経て、コピーライターとして活躍。
98年「走るジイサン」で第11回小説すばる新人賞を受賞し、作家デビュー。2006年、『雲を斬る』で第12回中山義秀文学賞を受賞する。著書に『ひらひら』などがある。