第二章 新しい世界を拓(ひら)け(後)
岩井三四二Miyoji Iwai
四
駿吉(しゅんきち)が委員会に加わってから、およそひと月後。
調査委員会の一行は蒲田(かまた)駅から馬車に乗り、羽田(はねだ)の穴守稲荷(あなもりいなり)神社近くの海岸で下りた。
築地(つきじ)の海軍大学校からは七海里ほど離れているが、どちらも海辺にあるので、少し歩いて波打ち際に出ると、築地の大学校のあるあたりが見晴らせる。ただし遠すぎて、肉眼ではなにも見分けられない。
ここに丸太で組んだ高さ百五十尺(約四十五メートル)の櫓(やぐら)と、その下に掘っ立て小屋がある。周囲は柵で囲まれており、「海軍用地 許可ナク入ルヘカラス」と看板が立っていた。
「これを建てたときには、物見高い江戸っ子が押し寄せてきて屋台店まで出たんだが、特になにもしなかったから、すぐに誰も寄ってこなくなった」
外波(となみ)中佐が言う。たしかに平屋ばかりの漁師村の中で、高さ百五十尺の櫓は目だつ。
「天覧のためにゃ、二、三海里じゃあぱっとしない。せめて十海里はほしい。こいつはそのための試験場だ」
築地においてある送信機のほうは、インダクションコイルをひとまわり大型のものにするなど、いくつか改良をほどこしてある。こちらには受信機をもってきて、櫓の近くにある掘っ立て小屋に運び込んだ。
「じゃあ、配線をして、と」
技手を櫓に登らせ、てっぺんから地上まで銅線を垂らした。
アンテナは銅線を地面に垂直に垂らす――そのために垂直線とか空中線とか呼ばれている――のだが、その高さが高いほど、また銅線の長さが長いほど遠くまで電波が飛ぶ、とされている。
だから百五十尺もの櫓が必要になるのだ。
受信機の各所に電池を入れ、コヒーラ管の具合をたしかめる。そしてコヒーラ管と結んだリレー(継電器)の調節をし、リレーとつながる印字機に紙テープを込めた。ここまでで一時間ほどかかった。
「さて、うまくいくかな」
築地にも百五十尺の櫓が建てられ、おなじように銅線を垂らしたアンテナが設けられている。そこから十一時に送信を始めることになっている。
- プロフィール
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岩井三四二(いわい・みよじ) 1958年岐阜県生まれ。96年「一所懸命」でデビュー。同作品で第64回小説現代新人賞を受賞。98年「簒奪者」で第5回歴史群像大賞、2003年『月ノ浦惣庄公事置書』で第10回松本清張賞、04年「村を助くは誰ぞ」で第28回歴史文学賞、08年『清佑、ただいま在庄』で第14回中山義秀文学賞、14年『異国合戦 蒙古襲来異聞』で第4回本屋が選ぶ時代小説大賞を受賞。他に『鹿王丸、翔ぶ』『あるじは信長』『むつかしきこと承り候 公事指南控帳』『絢爛たる奔流』『天命』『室町もののけ草紙』など著書多数。