よみもの・連載

「タ」は夜明けの空を飛んだ

第五章 神は細部に(前)

岩井三四二Miyoji Iwai

   一

 駿吉(しゅんきち)と外波(となみ)中佐の、横須賀での奮闘がはじまった。
「要するにだな、三四式を軍艦の中で使える兵器にしてくれ、ってことだ」
 外波中佐は言う。
 三四式は通信機器ではあるものの、兵器としては不十分、というのが将兵たちが使ってみての見解だった。
「通信距離を伸ばすことはもちろんだが、四六時中連続で使っても壊れず調子が狂うこともなく、波や艦の機関の振動、砲撃による衝撃にも耐えるほど頑丈で、なおかつ調整すべき箇所が少なくて、専門家でない水兵でも扱いやすいものにせよ、ってことだ。まあ無理もない要求だよな」
 実際に使用する兵たちの三四式への不満は、通信距離が短いというだけではなかった。
 長時間使用すると、強大な電流のためにコイルなどが焼けたり壊れたりする。また使用に際して調整する箇所が多く、使い始めるのに時間がかかる。さらには調整したあとでも、艦の揺れなどで簡単に狂ってしまう。
 受信から送信、送信から受信へと移るときにいくつかの手順を踏まねばならず、手間と時間のかかることも不評をかっていた。
 そうしたものもすべて、今回の改造でなんとかしなければならない。再調査せよとは、兵たちの要求を満たすべく研究改良せよという意味である。
「じゃあまずは、改良が必要な点を洗い出してゆきますか」
 駿吉は山本(やまもと)大尉のレポートをもとに、他の使用経験者の意見もまじえてひとつひとつ書き出していった。すると優に百項目を超えるリストができた。
「こいつをみな潰すのか」
 リストを前にして、駿吉は厳粛な気持ちになった。
 以前、小手先の改善などと、やや馬鹿にしたような言い方をしたことがあった。しかし技術の進歩というものは、目覚ましい発見による大ジャンプは稀(まれ)なことで、こうした細かい改良による、地道で小さな前進の積み重ねが大部分を占めるのだと気づいていた。
 それをこれから自分がやってゆくのだ。
 原理を究める気持ちは捨てていないが、いまや松代(まつしろ)技師もいないし、悠長なことは言っていられない。
 さらに築地のときとちがって、横須賀では改良試験をするだけでなく、一応できあがっている三四式無線機を兵器廠(へいきしょう)で大量に生産することになっていた。
「三四式無線機じゃあ力不足なのはわかっているが、ないよりははるかにましだからな」

プロフィール

岩井三四二(いわい・みよじ) 1958年岐阜県生まれ。96年「一所懸命」でデビュー。同作品で第64回小説現代新人賞を受賞。98年「簒奪者」で第5回歴史群像大賞、2003年『月ノ浦惣庄公事置書』で第10回松本清張賞、04年「村を助くは誰ぞ」で第28回歴史文学賞、08年『清佑、ただいま在庄』で第14回中山義秀文学賞、14年『異国合戦 蒙古襲来異聞』で第4回本屋が選ぶ時代小説大賞を受賞。他に『鹿王丸、翔ぶ』『あるじは信長』『むつかしきこと承り候 公事指南控帳』『絢爛たる奔流』『天命』『室町もののけ草紙』など著書多数。

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