よみもの・連載

「タ」は夜明けの空を飛んだ

第五章 神は細部に(前)

岩井三四二Miyoji Iwai

 兵たちに使い方を憶(おぼ)えさせる必要もあるから、出来しだい艦艇に据え付けろという命令である。そのため試験所には作業棟が併設されており、ここに生産ラインを立ち上げねばならなかった。
 経験のない駿吉はとまどったが、兵器廠の技師や技手たちが、外波中佐と話し合いながらあれこれと動いて、何とか生産ラインらしき形を作っていった。そして十数人の職工と技手たちが三四式無線機を生産しはじめた。できたものを戦艦、一等巡洋艦といった大きな艦に装備してゆく。
 すると軍令部からあらたな注文があった。
「駆逐艦にも無線機をつけたい」というのだ。
 マストの高さからみて、無線を使える限界の大きさは四、五千トンクラスの二等巡洋艦までだろうと思っていたが、それよりはるかに小さな駆逐艦でも使いたいという。
「また、むずかしい話を持ち込んでくれますねえ」
 駿吉は苦笑いするしかない。無線の有用性が認められてうれしい反面、実現できるかどうかわからない問題に対処するという困難を抱えることになる。
「そりゃあ、おれも要求したいよ。駆逐艦や水雷艇こそ、無線が有効だろうよ」
 もともと水雷屋の外波中佐は、乗り気である。なんでも駆逐艦が魚雷を放つには、闇夜を利用して敵の大艦に近づく必要があるので、そこに無線で指示を送ってもらえれば、ずいぶんと助かる――夜間に旗信号の合図は見えない――というのだ。
「じゃあ、とりあえず実験してみますか」
 築地とちがって横須賀なら、目の前の港にさまざまな軍艦が泊まっている。その中の駆逐艦「朧(おぼろ)」が、近く機関試験のため近海を試運転するというので、ついでに無線機をとりつけて試験をすることになった。
「いやいや、これまた凄(すさ)まじい形だな」
 据付に出向いた駿吉は、間近でその駆逐艦の姿を見て嘆声をあげた。排水量は三百トンあまり。艦首から艦尾まで六十メートル強、幅は六メートルほどと細長く小さな船体に、煙突が四本も突っ立っている。
 これだと船内はほとんど蒸気機関が占有しているだろうと想像された。五十人もいるという乗組員たちは、どこで寝るのかと心配になるほどだ。
 しかしその過剰に詰め込まれた機関のおかげか、最大速力は三十ノット超とひどく速い。艦首部分の甲板が亀の甲のように盛りあがっているのは、高速航行時にかぶる波の水切りをよくするためだという。
 その高速で敵の戦艦や巡洋艦めがけて突っ込んでゆき、魚雷を放っては一目散に逃げ帰ってくるのだとか。
 艦橋もあるにはあるが、人の背丈ほどしかなく、てっぺんには小さな砲がのっている。艦橋がそれだから、マストも当然、低い。甲板からの高さはせいぜい六、七メートルか。

プロフィール

岩井三四二(いわい・みよじ) 1958年岐阜県生まれ。96年「一所懸命」でデビュー。同作品で第64回小説現代新人賞を受賞。98年「簒奪者」で第5回歴史群像大賞、2003年『月ノ浦惣庄公事置書』で第10回松本清張賞、04年「村を助くは誰ぞ」で第28回歴史文学賞、08年『清佑、ただいま在庄』で第14回中山義秀文学賞、14年『異国合戦 蒙古襲来異聞』で第4回本屋が選ぶ時代小説大賞を受賞。他に『鹿王丸、翔ぶ』『あるじは信長』『むつかしきこと承り候 公事指南控帳』『絢爛たる奔流』『天命』『室町もののけ草紙』など著書多数。

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