よみもの・連載

「タ」は夜明けの空を飛んだ

第五章 神は細部に(前)

岩井三四二Miyoji Iwai

 それを見た駿吉はつぶやいた。
「あれじゃあろくな電波は出ない。もっと高くしないと」
 結局、マストに竹竿(たけざお)をつないで二倍ほどの高さにして、その上から五十尺(約十五メートル)の銅線を垂らすことにした。送受信機は、艦橋の後方にある日誌室におく。
 さっそく試してみると、港の通信室とのあいだでは交信ができた。
「これでよし。あとはどこまで通じるかだな」
 二月十八、十九の両日で試験してみると、八海里(約十四キロメートル)までは明瞭に受信できたが、十海里を超えるとモールス符号としては受信できなくなった。アンテナの銅線を長くして斜めに張ったり、受信機のコヒーラ管を替えたりと、いろいろ試してみたが、やはり八海里がせいぜいである。
「いかんな。やっぱり悪いな」
 宿題がひとつふえてしまったと、駿吉は重い気分になった。
「ま、こいつはあとまわしだな」
 とにかく通信距離を伸ばすことが先決だと思っている。
 そのためにまず手がけたのは、コヒーラ管の改良だった。山本大尉のレポートにあるように、マルコーニ社製のコヒーラ管を真似(まね)て作ってみた。さいわい、松代技師が逓信省(ていしんしょう)の優秀なガラス職人を海軍にゆずってくれたので、いくらでも試作ができた。
 だが、うまくゆかない。ガラス管の形状を変えて中の金属粉も替えたが、通信距離はさほど伸びない。
「まだ何か欠けた要素があるんだろうな」
 と推測するのだが、どんな要素なのかはわからない。大きな課題だった。
 一月から二月にかけては、人事上でもいくつかの変化があった。
 まず駿吉に海軍技師の発令があった。横須賀に来たのに、いつまでも築地の海軍大学校教授でもないということだろう。同時に高等官五等から四等に上がった。
「無線の開発に邁進(まいしん)せよ、とのことだな」
 と外波中佐はいう。駿吉にしてみれば、職名はともかく、高等官四等になって給与が上がるのがありがたかった。子供が多いので、暮らしが苦しかったのだ。
 さらに、例のレポートの作製者である山本大尉が、無線電信試験所付となって開発に従事することになった。外波中佐が抜け目なく人事に要望していたのだ。実際の赴任はまだ先になるというが、とにかく戦力がふえるのである。
「やあ、そいつはうれしい。期待してますよ」
 と駿吉は笑顔を見せた。
 再調査すなわち研究改良のほうは順調とはいえなかったが、三四式の生産はすすみ、春先にはほとんどの戦艦と一等巡洋艦に据付が完了した。そして二等巡洋艦以下の艦艇にも配備がすすめられることになった。

プロフィール

岩井三四二(いわい・みよじ) 1958年岐阜県生まれ。96年「一所懸命」でデビュー。同作品で第64回小説現代新人賞を受賞。98年「簒奪者」で第5回歴史群像大賞、2003年『月ノ浦惣庄公事置書』で第10回松本清張賞、04年「村を助くは誰ぞ」で第28回歴史文学賞、08年『清佑、ただいま在庄』で第14回中山義秀文学賞、14年『異国合戦 蒙古襲来異聞』で第4回本屋が選ぶ時代小説大賞を受賞。他に『鹿王丸、翔ぶ』『あるじは信長』『むつかしきこと承り候 公事指南控帳』『絢爛たる奔流』『天命』『室町もののけ草紙』など著書多数。

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