よみもの・連載

「タ」は夜明けの空を飛んだ

第五章 神は細部に(前)

岩井三四二Miyoji Iwai

   二

 駿吉は、横須賀の中里(なかざと)という丘の上の住宅地に一軒家を借りて、家族とともに住んでいた。
 勤務先である無線電信試験所は、海軍兵器廠や水雷術練習所とともに数キロほど北に位置する長浦湾(ながうらわん)の奥にあるので、毎日自宅から十分ほど歩いて横須賀本港の船着き場にゆき、そこから内航船に乗って通っている。
 三四式の生産は順調だが、研究改良のほうは思ったようにはすすんでいない。頭が痛く、胃が重くなる日々がつづいていた。
 ――考えねばならない項目が多すぎる。
 駿吉の悩みは、それに尽きていた。
 年初に洗い出したときに百項目以上あった改良必要箇所は、少しずつ減ってきているものの、いまだ八十以上も残っている。それに無線を搭載する艦がふえるにつれて、新たな改善要望もあがってくるようになっていた。
 意外に多かったのは、安定した電源がない、という不満の声だった。
 艦艇では自艦の発電機のトラブルが多いので、無線専用の発電機か蓄電池がほしいというのだ。そしてこれから全国各地にもうけるという望楼(ぼうろう)――陸地から海上を見張るための施設――では、岬の突端など辺鄙(へんぴ)なところに建設するので、たしかに発電機が必要になる。
 電源設備と無線機は別物だろう、艦政本部の適当な部署が手当てすればよい、というのが駿吉の考えだったが、
「そいつはこちらで面倒を見るしかないな」
 と外波中佐が言うものだから、駿吉は無線機だけでなく、発電機と蓄電池の試験と調達にも走り回らねばならなくなった。
 発電機は故障が多くて悩みの種だったが、すでに国産化されているので、増産を依頼して予備機を増やし、なんとかなった。
 だが蓄電池は輸入頼みで、調達が困難だった。大容量のものは構造が複雑で技術的にむずかしく、国産化が進んでいなかったのだ。

プロフィール

岩井三四二(いわい・みよじ) 1958年岐阜県生まれ。96年「一所懸命」でデビュー。同作品で第64回小説現代新人賞を受賞。98年「簒奪者」で第5回歴史群像大賞、2003年『月ノ浦惣庄公事置書』で第10回松本清張賞、04年「村を助くは誰ぞ」で第28回歴史文学賞、08年『清佑、ただいま在庄』で第14回中山義秀文学賞、14年『異国合戦 蒙古襲来異聞』で第4回本屋が選ぶ時代小説大賞を受賞。他に『鹿王丸、翔ぶ』『あるじは信長』『むつかしきこと承り候 公事指南控帳』『絢爛たる奔流』『天命』『室町もののけ草紙』など著書多数。

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