よみもの・連載

「タ」は夜明けの空を飛んだ

第五章 神は細部に(前)

岩井三四二Miyoji Iwai

 国産化できないものかと、駿吉はほうぼうにあたった。軍に出入りする資材業者だけでなく、学者時代の知り合いにも手紙を出してたずねたりしたが、思うようなものは得られなかった。
 とにかく忙しい。一日中無線のことを考えていた。試験所にいるあいだはもちろん、通勤のあいだも、家にいる時でも、いまの機器のどこをどう変えればいいのか、工夫をこらす毎日だった。
 だから家に帰って夕食を食べていても、ご馳走の味もわからない。妻の香芽子(かめこ)に話しかけられても上の空だった。
「何だって?」
 と、ある日の夕食の席で香芽子に聞き返したのは、話の中にロシアという言葉がはさまっていたからだ。
「まあ、パパさまったら、人の話を聞いてないんだから」
 香芽子は恐い顔をしたが、亭主の忙しさをわかっているのか、すぐに機嫌を直して話してくれた。
「ロシアが満州から出て行かないんですって。新聞に出ていましたの。パパさまのお仕事に関係あるんでしょ」
「あ? ああ。関係は……、ありそうだな」
 最近では新聞もろくに読んでいないので、世間の動きもわからない。そもそもロシアに対抗するために無線を開発しているのに、そのロシアの動きにも無頓着になっていた。
「満州から出て行かないって、どういうことだ」
「それはね、パパさま」
 香芽子の話は一年前にさかのぼる。
 駿吉が大西洋で漂流してのち、ようやく英国に着いたころ、ロシアは清国とのあいだで、満州からの撤兵を約束する条約を結んでいた。北清事変(ほくしんじへん)を機に満州を占拠する挙に出ていたものの、清国の抗議と、国際的な圧力に抗しきれなかったのである。
 新聞では、これは日英同盟の成果であるとされた。そして世論はロシアの態度を歓迎し、ロシア脅威論は批判された。日露のあいだの緊張がゆるんだのである。日露友好のムードさえあったという。
「ほう、そうだったのか」
 そのころ駿吉はヨーロッパ各国を回っていたので、日本国内の論調は知る由もない。

プロフィール

岩井三四二(いわい・みよじ) 1958年岐阜県生まれ。96年「一所懸命」でデビュー。同作品で第64回小説現代新人賞を受賞。98年「簒奪者」で第5回歴史群像大賞、2003年『月ノ浦惣庄公事置書』で第10回松本清張賞、04年「村を助くは誰ぞ」で第28回歴史文学賞、08年『清佑、ただいま在庄』で第14回中山義秀文学賞、14年『異国合戦 蒙古襲来異聞』で第4回本屋が選ぶ時代小説大賞を受賞。他に『鹿王丸、翔ぶ』『あるじは信長』『むつかしきこと承り候 公事指南控帳』『絢爛たる奔流』『天命』『室町もののけ草紙』など著書多数。

Back number