よみもの・連載

「タ」は夜明けの空を飛んだ

第五章 神は細部に(前)

岩井三四二Miyoji Iwai

「やれやれ、言ったこっちゃない。ひでえ成績だ」
 報告をうけた駿吉は、ぼやくことしかできなかった。外波中佐も首をかしげている。
「通信距離だけでなく、高速航行時の艦の揺れでコヒーラ管が振動し、うまく動かなかったとの報告もある。いろいろ問題だな」
 限界に近い高速航行をすると、波を切る際の動揺にくわえて、船内の主動力であるレシプロ蒸気機関の振動が、船体を細かく揺らすという。繊細なコヒーラ管が、その影響をうけるのだ。
 駿吉は言った。
「やはりアンテナとコヒーラ管ですよ、むずかしいのは。理屈がわかんねえんだから、改良しようとしても、どうしたって暗中模索になっちゃう」
「貴様の、世界的な発見はまだか」
「ああ、ちょっとわかりかけてはいるんですが……、まだまだですね。胸を張っちゃいけないが」
 ふう、と外波中佐は息を吐き、手で顔をなでた。
「とにかく、できるところから潰していこう。いいリレーも手に入ったし、少しでも距離を伸ばすんだ。つづけていれば、そのうち光も見えてくる」
 悪いことは重なる。六月からは、ロシアに対する世論も騒がしくなっていた。
 ひとつには、この月にロシアのクロパトキン陸相が来日した件があった。ロシア皇帝の腹心だというので、国賓待遇で歓待したにもかかわらず、正式の外交交渉が行われなくて、日露関係になんの進展もなかった。関係改善を期待していた新聞各紙の論調が、これで楽観から悲観へと変わっていった。
 さらにはこのころ、ロシアでユダヤ人が虐殺されているとの報道がなされ、ロシアに対する見方が「世界人道の敵」「文明社会の中で孤立」などと悪化する。これも対露関係に影響を与えた。
 そして六月下旬には、東京帝国大学の教授七人が、桂(かつら)首相あてに日露開戦を意見書にして提出した、という新聞報道がなされた。いわゆる「七博士意見書」である。帝大教授という学問の最高権威でさえ、ロシアとの戦争をやむなしと考えていることに、世間は衝撃をうけた。
 こうして世論は少しずつ対露強硬論にかたむいていった。そして軍部も、その風潮に影響されざるを得ないようだった。

プロフィール

岩井三四二(いわい・みよじ) 1958年岐阜県生まれ。96年「一所懸命」でデビュー。同作品で第64回小説現代新人賞を受賞。98年「簒奪者」で第5回歴史群像大賞、2003年『月ノ浦惣庄公事置書』で第10回松本清張賞、04年「村を助くは誰ぞ」で第28回歴史文学賞、08年『清佑、ただいま在庄』で第14回中山義秀文学賞、14年『異国合戦 蒙古襲来異聞』で第4回本屋が選ぶ時代小説大賞を受賞。他に『鹿王丸、翔ぶ』『あるじは信長』『むつかしきこと承り候 公事指南控帳』『絢爛たる奔流』『天命』『室町もののけ草紙』など著書多数。

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