よみもの・連載

「タ」は夜明けの空を飛んだ

第五章 神は細部に(前)

岩井三四二Miyoji Iwai

 月末に、駿吉は外波中佐とともに霞が関(かすみがせき)の艦政本部に出頭した。会議の招集があったのである。出てみると、それは第一部長どころか艦政本部長まで出席した大会議だった。席上、駿吉と外波は高速航行時の無線の頼りなさを叱責され、性能が向上しないのなら、いまからでもマルコーニ社製品を導入するか、という話になった。
「いや、それはとても無理です。いまからマルコーニ社と交渉すると、英国に行くだけでふた月はかかる。交渉にひと月として三カ月。それから製造をはじめて半年で最初の製品ができたとしても、輸入するのに半年、兵たちが慣れるのに半年、都合二年近くかかります。それまで待ってもらえますか」
 外波の言葉に出席者は静まった。結局、
「三四式無線では通信距離が短すぎるから、根本的に改良するように」
 と命じられた。
「わかってますって。やらなきゃいけないのは、わかってますって。でも出来ないんですよ。そんなに言うんなら、自分でやってみろって言いたいなあ」
 横須賀へもどる汽車の中で、駿吉は多少逆上気味になってこぼしつづけた。
「ま、おまえはそれでおまんまを食ってるんだろ、と言われるのはわかっていますが。しかしこのむずかしさを、上はわかっていない! 世界の最先端を行けってことですぜ」
「とにかく、地道につづけるしかない。かえって古い三四式で実験して、よかったかもしれんぞ。これからリレーやら何やらで、通信距離が伸びる目途はあるからな」
 ジーメンス製のリレーを使うと、それだけで通信距離が大きく伸びるとわかっている。二十海里しか届かないものが、四十海里以上になるのだ。
「でも地道にやるだけじゃ、八十海里にゃとてもとどかない。アンテナとコヒーラ管を何とかしないと、どうしたって無理ですよ」
 車窓に映る暗褐色の夕空とむせぶような汽笛の音が、駿吉の心をますます暗くしてゆくようだった。

プロフィール

岩井三四二(いわい・みよじ) 1958年岐阜県生まれ。96年「一所懸命」でデビュー。同作品で第64回小説現代新人賞を受賞。98年「簒奪者」で第5回歴史群像大賞、2003年『月ノ浦惣庄公事置書』で第10回松本清張賞、04年「村を助くは誰ぞ」で第28回歴史文学賞、08年『清佑、ただいま在庄』で第14回中山義秀文学賞、14年『異国合戦 蒙古襲来異聞』で第4回本屋が選ぶ時代小説大賞を受賞。他に『鹿王丸、翔ぶ』『あるじは信長』『むつかしきこと承り候 公事指南控帳』『絢爛たる奔流』『天命』『室町もののけ草紙』など著書多数。

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