よみもの・連載

「タ」は夜明けの空を飛んだ

第五章 神は細部に(前)

岩井三四二Miyoji Iwai

   四

 三四式無線機の改良研究を、加速しなければならなくなった。
「使い勝手をよくして頑丈にするのも頼むぞ。いくら八十海里の通信ができたって、故障で使えないんじゃ話にならんからな」
 と外波中佐は言う。実戦の経験者からすると、通信距離の長さもさることながら、戦場でしっかりと役に立つことも重要だとの思いらしい。
 理解はできるが、その言葉はただでさえ重い駿吉の背中の荷をますます重くする。
「わかってます。しかしまずは距離を伸ばしましょう」
 と駿吉は中佐の攻勢をかわしながら、距離を伸ばすことに集中しようとした。使い勝手と信頼性の向上についてはいくつか案があったし、試験所にいる技手たちの手助けが期待できるので、後回しにしても大丈夫と踏んでいたのだ。
 駿吉はアンテナの実験をつづけている。
 送信器のほうはインダクションコイルを強力なものにしたことで、受信器はジーメンス製のリレーを導入したことで、性能向上は一定の成果をあげている。いまではもう、すぐに手がつけられる改良点は思いつかない。
 となれば、アンテナの改良こそが通信距離を伸ばす鍵になると思っていた。
 幸い、少し前から試験用の施設を造っていた。
 横須賀の試験所の目の前、長浦湾をのぞんで立つ吾妻(あづま)山という小丘に、アンテナを垂らすための高い櫓(やぐら)と、諸設備を置く小屋がある。これで各地や横須賀を出航する軍艦との交信をしていたのだが、横須賀から七十海里(約百二十六キロメートル)はなれた焼津(やいづ)にも、おなじような施設が設けられたのである。これで長距離通信の試験がやりやすくなった。
 駿吉は、アンテナに使う銅線の本数をふやしたり、垂直だけでなく水平に張ってみたりもし、どんな張り方がもっとも通信距離が伸びるか、試していた。
「ところでアンテナの原理はどうなった。なぜアンテナから電波が出るのかという根本は、どこまでわかった」
 と外波中佐が興味深げにきく。

プロフィール

岩井三四二(いわい・みよじ) 1958年岐阜県生まれ。96年「一所懸命」でデビュー。同作品で第64回小説現代新人賞を受賞。98年「簒奪者」で第5回歴史群像大賞、2003年『月ノ浦惣庄公事置書』で第10回松本清張賞、04年「村を助くは誰ぞ」で第28回歴史文学賞、08年『清佑、ただいま在庄』で第14回中山義秀文学賞、14年『異国合戦 蒙古襲来異聞』で第4回本屋が選ぶ時代小説大賞を受賞。他に『鹿王丸、翔ぶ』『あるじは信長』『むつかしきこと承り候 公事指南控帳』『絢爛たる奔流』『天命』『室町もののけ草紙』など著書多数。

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