よみもの・連載

「タ」は夜明けの空を飛んだ

第五章 神は細部に(前)

岩井三四二Miyoji Iwai

「いや、まだですが、一応の仮説はあります。それをこの試験で確かめたいと思っています」
「ほう、仮説があるのか」
 外波中佐は感心したようだった。
「ええ。読みあさった外国の文献とこれまでの経験、それに直感。それでおぼろげに見えてきたような気がします」
 直感ねえ、と外波中佐は首をかしげる。駿吉は言った。
「ひとつには、アンテナに流れるのは高周波電流ってところが鍵でしょうな。直流じゃあ用をなさない。ふつうの交流でも駄目で、ちょっとびっくりするほど周波数の高い高周波電流だからこそ強い電波が出る」
「米国で気がついたことだな」
「ええ、そうです。そこで思うに、アンテナに入った電流は先端まで行ってから、跳ね返ってきているんじゃないか、もどってきているんじゃないかって。そもそも交流ってのは電気振動ですからね。行きつもどりつしてもおかしくない」
「もどるのか、ははあ」
「そう考えると、先っぽのちょん切れたアンテナに電流が通じてもおかしくない」
 外波中佐は、わかったのかわからなかったのか、表情を変えなかった。
「いまはこの仮説にもとづいて実験をくりかえしているところです。たぶんいい結果が出るという気がしています。そうなれば打つ手が見えてきます」
「けっこうなことだ」
「アンテナはまあそんなところですが、まいったのはコヒーラ管ですな。さっぱりわからない。外国の文献にも適当なことしか書いてないし」
「たしかに不思議な現象だからな。ま、ひとつずつ潰していこうや」
 外波中佐はそう言うが、時間があまりないのは駿吉にもわかっていた。なにより、世間が対露開戦を支持しはじめている。新聞各社の社説も開戦やむなしとするものが目につくようになっていた。
 軍部にも、その波が押し寄せてきていた。

プロフィール

岩井三四二(いわい・みよじ) 1958年岐阜県生まれ。96年「一所懸命」でデビュー。同作品で第64回小説現代新人賞を受賞。98年「簒奪者」で第5回歴史群像大賞、2003年『月ノ浦惣庄公事置書』で第10回松本清張賞、04年「村を助くは誰ぞ」で第28回歴史文学賞、08年『清佑、ただいま在庄』で第14回中山義秀文学賞、14年『異国合戦 蒙古襲来異聞』で第4回本屋が選ぶ時代小説大賞を受賞。他に『鹿王丸、翔ぶ』『あるじは信長』『むつかしきこと承り候 公事指南控帳』『絢爛たる奔流』『天命』『室町もののけ草紙』など著書多数。

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