よみもの・連載

「タ」は夜明けの空を飛んだ

第五章 神は細部に(前)

岩井三四二Miyoji Iwai

 その程度の会社で大丈夫かという懸念はあったが、熱意は認められたので、まずは比較的容易と思われる三十センチ火花のものを発注してみたところだった。
「小さな会社だから、駄目で元々ってんで賭に出てきた、って感じですか」
「ああ、そうだろうな。ま、あんまり期待しないで待ってみるか」
 と言い合っていると、数日して試作品を持ち込んできた。駿吉も外波中佐もその早さにおどろき、どうやらこの男は本気らしいと悟った。
 しかしさっそく試験をして強い電圧をかけてみると、三日ほどで壊れてしまった。一次線と二次線とのあいだにある絶縁体のエボナイトが、発生する火花に耐えられず貫通されてしまうのだ。がっかりして、
「これじゃあ駄目だ。もっと頑丈なやつを造ってくれ」
 と試験結果と駿吉らの意見を伝えて改良するよう頼んだ。安中は素直に聞いて残骸を会社に持って帰り、また試作品を造ってくる。
 安中常次郎も必死のようだった。なんでも、兄弟や親戚中から金を借りあつめて試作品を造っているのだという。失敗するわけにはいかないのだ。
 これを何度か繰り返すうちに、ついに幾日試験をしても壊れず、しかも高い電圧を実現するコイルができた。試験結果を伝えると、
「いやあ、やっとご期待に沿えましたか」
 と得意顔になった安中が言うには、絶縁体をエボナイトからマイカナイトという米国社の製品に換えたのだという。エボナイトは樹脂だが、マイカナイトは雲母(うんも)という鉱石を固めたものだから、絶縁性ばかりでなく耐熱性にも優れているのだと、安中はその場でとうとうと一席ぶってくれた。
 最後の仕上げにドイツのマックスコール社と英国ニュートン社の製品と比較試験をしたが、おどろいたことに安中製品のほうが、ドイツ製より八十パーセント、英国製より三十パーセントも優れていた。
 これなら文句はない。インダクションコイルは国産できるということになり、懸念がひとつ消えた。

プロフィール

岩井三四二(いわい・みよじ) 1958年岐阜県生まれ。96年「一所懸命」でデビュー。同作品で第64回小説現代新人賞を受賞。98年「簒奪者」で第5回歴史群像大賞、2003年『月ノ浦惣庄公事置書』で第10回松本清張賞、04年「村を助くは誰ぞ」で第28回歴史文学賞、08年『清佑、ただいま在庄』で第14回中山義秀文学賞、14年『異国合戦 蒙古襲来異聞』で第4回本屋が選ぶ時代小説大賞を受賞。他に『鹿王丸、翔ぶ』『あるじは信長』『むつかしきこと承り候 公事指南控帳』『絢爛たる奔流』『天命』『室町もののけ草紙』など著書多数。

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