よみもの・連載

「タ」は夜明けの空を飛んだ

第五章 神は細部に(前)

岩井三四二Miyoji Iwai

 三四式ではふたつの放電球を使って、そのあいだに火花を飛ばしていたが、木村博士は放電球を六つにしたり、ふたつずつ横に並べてみたり縦にしたりと、さまざまな形態を試している。
 なるほど科学者らしいなと思いつつ、山本大尉はコヒーラ管を手にした。
 英国のものを真似たコヒーラ管は、以前のものとちがって両端にななめに電極が入っている。これで中の金属粉は、台形を形作ることになる。このほうが通電したあと、もとにもどしやすいということだったが、どうやらそれだけではあまり効果がないらしい。
 コヒーラ管を手の中でひねったり回したりすると、中の金属粉が動く。なんでも電磁誘導の実験中に、電流が流れる銅線の近くにあった金属粉が動く現象が観測されたことが、このへんてこな機器の発明の発端だとか。
 中に入っているのはおもにニッケルの粉末で、そこに銀と水銀が少々まじっている。もともとはニッケルと銀だけだったが、マルタ島でもらった英国艦のコヒーラ管に水銀が混じっていたので、真似てみたのである。
 このままでは電流を通さないが、電波が届くとなぜか中の金属粉がかたまり、電流を通すようになる。それで電波が来たことがわかる。だから、いかに金属粉をかたまりやすくするか、がコヒーラ管改良のポイントだ。
「うーん」
 改良といっても技術には素人なだけに、どこをどうすればいいのかわからない。
「ああ、それならまず、金属の割合を変えてみてもらえないかな。実験して最適な割合を見つけてほしい」
 木村博士に相談するとそういう指示だったので、逓信省にもどった松代技師が残していってくれた職人たちと相談しつつ、金属粉をいろいろ変えて実験をはじめた。
 しかし、これがつまらない。
 ニッケルと銀の粉末の重さをはかり、混合割合のちがう十種類のサンプルを作る。慎重にガラス管に入れて中の空気を抜く。そして試験所の庭で、送信機から三メートル離して――アンテナがなくても放電球自体から電波が出るので、簡便な検査には使える――受信機を設置し、作ったサンプルをつぎつぎに試してゆく。受信すれば一メートルずつ離していって、サンプルの鋭敏さを試すのである。
 やることが細かく、おなじことの繰り返しで退屈なわりには、やはりいま使っている割合――ニッケル九十六に銀四――のサンプルが一番いい成績で、結果は徒労に終わったのである。
「ま、科学実験なんてこんなもんだよ。膨大な失敗の積み重ねの果てに小さな発見があって、少しずつ前進してゆくのさ」
 と結果を記した紙を見た木村博士は言う。どこかうれしそうなのが気にくわない。

プロフィール

岩井三四二(いわい・みよじ) 1958年岐阜県生まれ。96年「一所懸命」でデビュー。同作品で第64回小説現代新人賞を受賞。98年「簒奪者」で第5回歴史群像大賞、2003年『月ノ浦惣庄公事置書』で第10回松本清張賞、04年「村を助くは誰ぞ」で第28回歴史文学賞、08年『清佑、ただいま在庄』で第14回中山義秀文学賞、14年『異国合戦 蒙古襲来異聞』で第4回本屋が選ぶ時代小説大賞を受賞。他に『鹿王丸、翔ぶ』『あるじは信長』『むつかしきこと承り候 公事指南控帳』『絢爛たる奔流』『天命』『室町もののけ草紙』など著書多数。

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