よみもの・連載

「タ」は夜明けの空を飛んだ

第五章 神は細部に(前)

岩井三四二Miyoji Iwai

「つぎは金属粉の種類を変えてみますか」
「それも一昨年にいろいろとやってみた。結果は、やはりニッケルと銀の組み合わせが一番だった。いまはそこに水銀が加わっているから、またやる価値はあるが、金属なんていっぱいあるからなあ。網羅的にやるとなると、ひどく手間と時間がかかる。なにか別のことを考えたほうがいいよ」
 ではそれは何か、とは教えてくれない。意地悪をしているのではなく、木村博士自身も実験ならさんざんやり尽くして、もうやることを思いつかないようだ。
 仕方なく、自分で考えることにした。といってもすぐに思い浮かぶわけがない。おまけにコヒーラ管のことばかり考えているわけにもゆかず、ほかの試験を命じられたり、部品の購入の交渉に行かされたりと、忙しい。そうした仕事の合間に、コヒーラ管を手の中でじっとながめてみたり、それぞれの部品を手にとってみたりした。
 そうして数日、コヒーラ管のことを考えつづけていると、ふと気づいた。金属粉がかたまったり離れたりする際に、粘り気があるような状態を示すのだ。
 どうしてかと不思議に思い、中に入れるニッケルと銀の粉末を見てみると、その質感がかなりちがう。ニッケルのほうが荒い感じがする。ということは……
 ――粒の大きさか、形がちがうのじゃないか。
 電流を流したいのだから、粉末同士がかたまるときに隙間がないほうがいいだろう。すると粒をなるべく小さくし、さらに形をそろえたほうがいいのではないか。
 この思いつきを木村博士に告げると、博士はしばらく無言で目を細かく動かしていたが、ついで「ほおーっ」と声を出し、椅子から立ち上がって山本大尉の手をとった。
「いやあ、そりゃ発見だ。気がつかなかった。たしかにおっしゃるとおりだ。金属粉の形をそろえて、さらに小さいほうがよさそうだ。さっそく実験して確かめてくれたまえ」
 と言われても、どうやって実験するのだろうか。
 考えた末に、まず兵器廠の検査部門から顕微鏡を借りてきた。そいつでニッケルと銀の粉末を見る。顕微鏡を使うのは兵学校以来である。
 のぞいてみると、やはり粒の形状が問題含みだった。総じてニッケルも銀もささくれ立っていた。これでは集まったり散ったりするとき、ささくれが邪魔をしてすんなりといかないだろう。おそらくこれが、粘りをうむ原因だ。
 顕微鏡の観察結果をスケッチして木村博士に報告すると、博士は「ほお」と声を出し、そればかりか笑顔になって立ち上がり、また握手をもとめてきた。
「いやあ、電気の試験に顕微鏡を使うとは思わなかった。やはり軍人は実際的だな」
 などと言う。
 自席にもどると、山本大尉は長い息を吐いた。かなわんな、と思う。木村博士のことである。
 たかだか金属粉を顕微鏡でのぞいた報告をしただけで感激し、大袈裟(おおげさ)に手を握ってくる。変人というしかない。あれで切れ者ならまだいいのだが、本当に使える無線機を開発できるのか。ただの変人のお相手を長々とさせられるのはごめんだ。
「山本大尉、なにをしておる」
 外波中佐に声をかけられ、はっとした。ついぼうっと考え込んでしまっていた。

プロフィール

岩井三四二(いわい・みよじ) 1958年岐阜県生まれ。96年「一所懸命」でデビュー。同作品で第64回小説現代新人賞を受賞。98年「簒奪者」で第5回歴史群像大賞、2003年『月ノ浦惣庄公事置書』で第10回松本清張賞、04年「村を助くは誰ぞ」で第28回歴史文学賞、08年『清佑、ただいま在庄』で第14回中山義秀文学賞、14年『異国合戦 蒙古襲来異聞』で第4回本屋が選ぶ時代小説大賞を受賞。他に『鹿王丸、翔ぶ』『あるじは信長』『むつかしきこと承り候 公事指南控帳』『絢爛たる奔流』『天命』『室町もののけ草紙』など著書多数。

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