よみもの・連載

「タ」は夜明けの空を飛んだ

第五章 神は細部に(前)

岩井三四二Miyoji Iwai

「いえ、その、木村博士があまりに驚かれているので、そんなに重大なことだったのかと……」
 気を抜いた姿を見られた恥ずかしさが先に立ち、答えがしどろもどろになってしまう。しかし外波中佐は、やさしい目で語りかけてきた。
「金属粉を顕微鏡でのぞくなど、おれも考えていなかった。金属粉の大きさってのは、盲点だったな。それを見つけた君は、いいセンスをもっている。誇っていい」
 センス、だと。そんなものを、自分はもっているのか。
「はっ、光栄です」
 褒められて悪い気はしない。外波中佐はうなずき、つづけた。
「君に期待するところ大だぞ。その科学のセンスでこの少々頼りない無線機をなんとかして、海軍を、いや日本を救ってくれ」
「はっ、努力いたします」
 思わず敬礼をしてしまった。外波中佐は満足したように立ち去った。
 ――じゃあ、どうするか。
 原因がわかっているのだから、対策はすぐに思いついた。
 まずは金属粉を乳鉢(にゅうばち)に入れて摺(す)り、均等に細かくささくれのない形状にしてコヒーラ管に入れ、実験をしてみた。
 すると明らかにコヒーラ管の感度がよくなった。これなら通信距離も伸びるだろう。
「すばらしい。これは大きな成果だよ!」
 また木村博士が大袈裟な喜び方をする。しかし今度は悪い気がしなかった。

 駿吉はアンテナの実験をつづけていた。
 二本線や四本線など、いろんな形のアンテナを作っては、試験所の前にある吾妻山の施設にもちこみ、その性能を試す。
 本数が多いほうが電波がたくさん出るのではと考え、複数の銅線を組み合わせたアンテナを多く試していた。すると、四本の銅線を正方形の四つの頂点に配した形が性能がよいことがわかった。駿吉はこれを四条線(しじょうせん)とよぶことにした。
 四条線を使うと、二十海里程度の距離の築地とならば明瞭に通信できた。ではというので、およそ七十海里はなれた焼津の試験所と交信を試みると、これがうまくいかない。
 悩んでいると、これは焼津とのあいだにある伊豆の山々が邪魔をするせいではないか、という意見がでた。だから低い山しかない千葉、茨城方面と通信してみたらどうだろうか、というのだ。
 どうせ海上で使うものだから、そのほうが実際的でもある。
 横須賀から千葉、茨城方面へ八十海里というと、茨城県の大洗(おおあらい)海岸のあたりになる。やってみようということになり、山本大尉を長とする一隊を大洗に派遣した。

プロフィール

岩井三四二(いわい・みよじ) 1958年岐阜県生まれ。96年「一所懸命」でデビュー。同作品で第64回小説現代新人賞を受賞。98年「簒奪者」で第5回歴史群像大賞、2003年『月ノ浦惣庄公事置書』で第10回松本清張賞、04年「村を助くは誰ぞ」で第28回歴史文学賞、08年『清佑、ただいま在庄』で第14回中山義秀文学賞、14年『異国合戦 蒙古襲来異聞』で第4回本屋が選ぶ時代小説大賞を受賞。他に『鹿王丸、翔ぶ』『あるじは信長』『むつかしきこと承り候 公事指南控帳』『絢爛たる奔流』『天命』『室町もののけ草紙』など著書多数。

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