よみもの・連載

「タ」は夜明けの空を飛んだ

第五章 神は細部に(前)

岩井三四二Miyoji Iwai

 送信機には大きな電圧がかかるから安全のためだろうと思い、ほかに重大な意味があるとは考えていなかったので、アースするのを無視したり忘れたりすることもしょっちゅうだったのだが。
(これは現在では鏡面効果として知られている。アンテナ直下でアースをすると、アンテナの長さを二倍にしたのとおなじ効果があるとされる)
「案外と、電波ってのは野性味あふれるものですな」
 山本大尉が言う。駿吉は聞き返した。
「野性味?」
「いや、アースをした途端に電波が飛ぶようになったわけでしょう。電波ってのは、地面と空とのあいだを流れているものだとしたら、雷とおなじじゃないですか」
「雷は、雲と地表とのあいだの放電現象だが……」
 とまで言ってから、駿吉は言葉を呑(の)み込んだ。何かひっかかるものがあったのだ。
 しかし、それが何かはわからない。見えそうで見えない。だが何かある。もどかしい。眉根を寄せて宙の一点を凝視し、その場で固まってしまった。
「木村博士、どうしましたか」
 と呼びかけられて、やっとわれに返った。
「ああ、いや。どうも大きなヒントをもらったようでね、思わず考え込んでしまった。ありがとう」
 と言って山本大尉の右手をおしいただくように両手でにぎった。
「じゃ、ぼくは研究にもどるから、これで」
 気味悪そうな顔で立ち尽くしている山本大尉をおいて、駿吉は急ぎ足で自分の部屋にもどった。
 先に光が見えてきた。
 駿吉は机にむかい、目を閉じた。
 そうだ。アンテナはアースされることによって、大地とのあいだで回路を作っているのだ。
 電流は電子の流れだが、銅線が一本だからといって流れが一方向だけとは限らない。一本の銅線の中を、電子は回流しているのではないか。
 根元から入ってきた電流は、ちょん切れた先端で行き止まりになって消滅するのではなく、跳ね返ってきている。跳ね返って大地に通じ、またアンテナにもどって先端までゆき、ふたたび跳ね返って大地へむかう。
 もしかすると、アンテナと大地のあいだで変位電流が生じているのかもしれない。するとそこからも電波が出るだろう。
 そうした動きを繰り返しているうちに、銅線の抵抗と接地抵抗で生じるジュール熱、それに電波となる分でエネルギーを使い果たし、電流は消えてゆく。
 ついにアンテナの謎の一端が見えてきた。駿吉はしばらくのあいだ陶然としていた。

プロフィール

岩井三四二(いわい・みよじ) 1958年岐阜県生まれ。96年「一所懸命」でデビュー。同作品で第64回小説現代新人賞を受賞。98年「簒奪者」で第5回歴史群像大賞、2003年『月ノ浦惣庄公事置書』で第10回松本清張賞、04年「村を助くは誰ぞ」で第28回歴史文学賞、08年『清佑、ただいま在庄』で第14回中山義秀文学賞、14年『異国合戦 蒙古襲来異聞』で第4回本屋が選ぶ時代小説大賞を受賞。他に『鹿王丸、翔ぶ』『あるじは信長』『むつかしきこと承り候 公事指南控帳』『絢爛たる奔流』『天命』『室町もののけ草紙』など著書多数。

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