よみもの・連載

「タ」は夜明けの空を飛んだ

第六章 日露開戦(後)

岩井三四二Miyoji Iwai

 そして六月には陸軍の輸送船、和泉丸(いずみまる)と常陸丸(ひたちまる)が撃沈された。
 ことに常陸丸の件は悲惨だった。後備近衛(このえ)歩兵第一連隊の兵士など千二百名あまりが乗っていた常陸丸は、降伏を拒否してウラジオ艦隊から逃走をはかるが逃げ切れず、百発以上の砲弾を撃ちこまれて沈没、千人以上の兵士が海の底に沈んだ。
 この事件は、漁船に助けられた生き残りの兵士たちの証言により、ロシア艦の執拗な砲撃や、日本側指揮官の自決のようすなどが明らかになり、新聞で大きく報じられて国民を憤激させた。
 ウラジオ艦隊の対応には上村中将の第二艦隊があたっていたが、敵艦隊出現の一報をきいて出撃しても、濃霧など悪天候にはばまれて捕らえられずに、帰投することを繰り返していた。
 そして七月にはいると、ウラジオ艦隊の三隻の巡洋艦(ボガトィーリは出撃せず)は津軽海峡をとおって太平洋に出てきた。
 七月二十日午前三時に津軽海峡で目撃されたあと、数隻の日本商船を沈めながら二十四日には東京湾付近にまで来航し、日本向けの鉄道資材を積んでいたイギリス船を撃沈。ために数日のあいだ東京湾は封鎖状態となり、船舶の出入りが止まってしまった。新聞でも報道され、国内に恐怖がひろがっていった。
 駿吉が無線の交信を傍受したのは、このときである。
 あくる朝、駿吉は工廠に出ると、立石(たていし)兵曹長に昨夜受信した電文を見せた。
「こんな電文がいくつかやりとりされている。太平洋側にいるロシア艦隊にちがいないと思うんだけどね、解読する方法はないかな」
「ははあ、これは……」
 立石兵曹長は、電文をじっと見ている。
「やあ、これグロモボイ、と読めませんか」
 兵曹長は声をあげた。その指さすあたりには、たしかにそれらしき文字がつづいている。
「グロモボイならウラジオ艦隊の巡洋艦ですよ」
「本当だ。グロモボイと読める。おい、素晴らしい発見じゃないか!」
「こっちはリューリックと読めませんか」
「おう、それらしいな」
 どちらも艦名であり、電文の冒頭にあるところを見ると、宛先なのかもしれない。
「するとこっちはグロモボイからリューリックあて、これは逆にリューリックからグロモボイあてか。おお、わかりそうじゃないか」
「わかるかもしれません」

プロフィール

岩井三四二(いわい・みよじ) 1958年岐阜県生まれ。96年「一所懸命」でデビュー。同作品で第64回小説現代新人賞を受賞。98年「簒奪者」で第5回歴史群像大賞、2003年『月ノ浦惣庄公事置書』で第10回松本清張賞、04年「村を助くは誰ぞ」で第28回歴史文学賞、08年『清佑、ただいま在庄』で第14回中山義秀文学賞、14年『異国合戦 蒙古襲来異聞』で第4回本屋が選ぶ時代小説大賞を受賞。他に『鹿王丸、翔ぶ』『あるじは信長』『むつかしきこと承り候 公事指南控帳』『絢爛たる奔流』『天命』『室町もののけ草紙』など著書多数。

Back number