よみもの・連載

「タ」は夜明けの空を飛んだ

第六章 日露開戦(後)

岩井三四二Miyoji Iwai

「内容は読めるか。読めたら大手柄だ。敵さんの行動が予測できるぞ。上村艦隊に行ってる山本(やまもと)大尉も困ってるだろうからな」
 ウラジオ艦隊の蛮行に国民は激怒していたが、その怒りは、ウラジオ艦隊退治を命じられながら果たせずにいる上村艦隊にも向けられていた。
 ウラジオ艦隊をやっつけるどころか逃がしつづけている上村艦隊は、日本でなくロシアの味方をしているも同然だ、ロシアの探偵、すなわち露探(ろたん)だ、「露探艦隊」だ、などと中傷されるばかりか、指揮官である上村中将の自宅に石が投げ込まれたり、自刃用の短刀が送られたりしていたのである。
「いやあ、わたしもロシア語はからっきしです。ですが、方法はあります」
 そう言うと立石兵曹長はさっと消え、ふたたびあらわれたときは片手に露日辞典をもっていた。
「ロシア語がわかるような優秀な将校どのは、いまやみな海の上ですからね」
「うーむ」
 ふたりで辞典と電文をかわるがわるにらんだが、ロシア語を知らぬ者に読めるものではない。
「ま、暗号になっているんだろうし、解読はむずかしそうだな」
 駿吉はあきらめかけたが、立石兵曹長は積極的だ。
「もっと電文をあつめれば、手がかりもつかめるかもしれません」
 それもそうだという話になり、その晩からふたりで吾妻山にのぼり、交信を傍受することにした。
 二日目に傍受していると、不思議なことに気づいた。交信がはじまるのは雲が月を隠したときで、月が出ると交信が止まる。また突然交信が途切れたかと思うと、急に復活したりした。
「ってことはだ。やつら、この横須賀とおなじ雲の下にいるってことだな」
「電波も強いから、近くにいるにちがいありません」
「方角を知りたいが、無理か。しかし交信が途切れるのは、伊豆諸島の島影にはいったのかもしれん。よし、無線機は使いようによっては、敵のようすを知ることもできるってところを見せてやろう」
 その晩の交信を記録したテープは、古新聞紙にはりつけておき、ウラジオ艦隊は伊豆諸島沖に展開するもののごとし、との見解をつけて軍令部へ送った。
 二、三日これをつづけたところ、最後の晩には電波もかなり弱くなっていたので、ウラジオ艦隊は南へ遠ざかったものと推測される、と書いて軍令部へ送っておいた。
「いや、これで少しは上村艦隊の役に立ったかな」
「ええ、山本大尉も喜んでいるでしょう」
 駿吉は、立石兵曹長とふたりでひと仕事終えた気になっていた。

プロフィール

岩井三四二(いわい・みよじ) 1958年岐阜県生まれ。96年「一所懸命」でデビュー。同作品で第64回小説現代新人賞を受賞。98年「簒奪者」で第5回歴史群像大賞、2003年『月ノ浦惣庄公事置書』で第10回松本清張賞、04年「村を助くは誰ぞ」で第28回歴史文学賞、08年『清佑、ただいま在庄』で第14回中山義秀文学賞、14年『異国合戦 蒙古襲来異聞』で第4回本屋が選ぶ時代小説大賞を受賞。他に『鹿王丸、翔ぶ』『あるじは信長』『むつかしきこと承り候 公事指南控帳』『絢爛たる奔流』『天命』『室町もののけ草紙』など著書多数。

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