よみもの・連載

「タ」は夜明けの空を飛んだ

第六章 日露開戦(後)

岩井三四二Miyoji Iwai

 日本海軍が待ち望んでいたロシア艦隊との決戦の機会が、やっと訪れたのである。
 三笠(みかさ)など戦艦が中心の第一艦隊が旅順の近くにいるから当然、交戦になっただろうと思っていると、はたして続々と激戦を告げる電文がくる。
 旅順港から出た戦艦六隻を中心にしたロシア艦隊は、待ち構えていた東郷司令長官のひきいる第一艦隊と、黄海(こうかい)で砲戦におよんだ。
 正午すぎには、日本の第一艦隊がかねてから練っていた作戦、丁字(ていじ)戦法に出て、ロシア艦隊の前面を圧した。ところがロシア艦隊は第一艦隊の後方をすりぬけ、ウラジオストックをめがけて逸走をはじめた。ために距離が開きすぎて、砲戦はすぐに終わってしまった。
 丁字戦法は、失敗したのである。
 逃げるロシア艦隊を第一艦隊が追う。
 新鋭艦ばかりの第一艦隊のほうが、速力ではロシア艦隊より上だった。じわじわと差を縮め、夕刻にやっと追いついた。
 両艦隊がならんで航行しながら、激しく撃ち合う砲戦となった。
 ここで第一艦隊はロシア艦隊に多くの命中弾を浴びせ、相当な損害をあたえたものの、一隻も沈められぬうちに暗くなり、砲戦も自然と止(や)んでしまった。
 あとは夜戦を受けもつ駆逐艦隊に託されたという。夜の闇を利用して傷ついた戦艦群に近づき、雷撃して沈めようという作戦だ。
 こうした状況が無線で伝わる中、上村艦隊も石炭を満載して出港準備をととのえていると、翌十一日の朝、東郷司令長官よりの電文がきた。第一艦隊の位置を伝えた上で、ただちに来たれ、との命令である。
 そこで上村中将は第四戦隊と水雷艇隊に対馬海峡警備をまかせ、出雲、吾妻(あづま)など一等巡洋艦四隻からなる第二戦隊をひきいて尾崎湾を出航した。
 命令された海域へ向かっている途中にも、電信がいくつも飛び込んでくる。どうやらロシアの戦艦六隻は、第一艦隊の砲撃をうけてウラジオストック行きをあきらめ、撃破された旗艦ツェザレビッチは山東(さんとう)半島の付け根にある膠州(こうしゅう)湾に避難し、のこる五隻は旅順港へもどったらしい。
 となればこれ以上の戦闘にはならない。だが哨戒にあたっていた第三戦隊の報告では、巡洋艦のアスコリドとノーウィックが交戦中に艦隊から脱落し、南に向かったという。

プロフィール

岩井三四二(いわい・みよじ) 1958年岐阜県生まれ。96年「一所懸命」でデビュー。同作品で第64回小説現代新人賞を受賞。98年「簒奪者」で第5回歴史群像大賞、2003年『月ノ浦惣庄公事置書』で第10回松本清張賞、04年「村を助くは誰ぞ」で第28回歴史文学賞、08年『清佑、ただいま在庄』で第14回中山義秀文学賞、14年『異国合戦 蒙古襲来異聞』で第4回本屋が選ぶ時代小説大賞を受賞。他に『鹿王丸、翔ぶ』『あるじは信長』『むつかしきこと承り候 公事指南控帳』『絢爛たる奔流』『天命』『室町もののけ草紙』など著書多数。

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