よみもの・連載

「タ」は夜明けの空を飛んだ

第六章 日露開戦(後)

岩井三四二Miyoji Iwai

 旅順から黄海を南にむかったとなれば、朝鮮半島をぐるりと迂回(うかい)して済州島(さいしゅうとう)のあたりから北上し、ウラジオストックに行こうとしているにちがいない。
 相手が戦艦では手に負えないが、巡洋艦なら上村艦隊の出番である。
 上村艦隊はふた手にわかれ、磐手(いわて)、常磐(ときわ)が済州島の南方を、出雲と吾妻、それに通報艦の千早(ちはや)が北方を警備した。
 だが待てど暮らせどロシア巡洋艦は姿を見せない。
 そうして一夜が明け、ふたたび四隻が出会ったところで、東郷司令長官から対馬海峡へもどるよう指示があった。
 アスコリドやノーウィックなど逃れた敵艦を警戒しつつ、救援に来航するかもしれないウラジオ艦隊に注意せよ、というのである。
 指示されるまでもなく、ウラジオ艦隊が来るだろうとは予想していた。
「旅順のロシア艦隊にすれば、猫の手でも借りたい状況だからな。ウラジオ艦隊を出没させて、こちらを混乱させたいだろうよ」
「しかし、旅順は電信が封鎖されています。ウラジオストックへ連絡できますか」
 佐藤中佐に、山本大尉はたずねた。遼東半島全体が日本に占領されているので、その先端にある旅順は孤立していた。電信のケーブルも開戦前後に日本軍によって切断されていて、旅順からウラジオストックへの連絡手段はないはずだった。
「十日に戦艦などが出港したとき、ロシアの駆逐艦のいくつかはあちこちに散ったそうだ。おそらくどこかでウラジオへ打電している」
 佐藤中佐の見立てはあたっていた。駆逐艦が一隻、旅順とは渤海(ぼっかい)をはさんで対岸にある山東半島の芝罘(シーフー)に入港し、ウラジオ艦隊あてに来航命令を打電していたのである。
 ウラジオストックから対馬海峡までは千キロほどある。十日に連絡を受け、ただちにウラジオストックを出港したとすれば、そろそろこのあたりに姿を見せるころだ。
 ――見つけたら、ただではすませない。
 第二艦隊は、その全艦艇をあげて二重の警戒線をはっている。
 駆逐艦と水雷艇は対馬の東西の水道にはりつき、第四戦隊の二等巡洋艦群は対馬東水道の北東にあり、東西に間隔をあけて哨戒しつつある。そして第二戦隊の一等巡洋艦四隻は、その西方となる蔚山(うるさん)沖を行きつもどりつしていた。
「しかし、敵の戦艦は旅順へもどっておる。それを知れば、ウラジオ艦隊ももどるのではないか」

プロフィール

岩井三四二(いわい・みよじ) 1958年岐阜県生まれ。96年「一所懸命」でデビュー。同作品で第64回小説現代新人賞を受賞。98年「簒奪者」で第5回歴史群像大賞、2003年『月ノ浦惣庄公事置書』で第10回松本清張賞、04年「村を助くは誰ぞ」で第28回歴史文学賞、08年『清佑、ただいま在庄』で第14回中山義秀文学賞、14年『異国合戦 蒙古襲来異聞』で第4回本屋が選ぶ時代小説大賞を受賞。他に『鹿王丸、翔ぶ』『あるじは信長』『むつかしきこと承り候 公事指南控帳』『絢爛たる奔流』『天命』『室町もののけ草紙』など著書多数。

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