よみもの・連載

「タ」は夜明けの空を飛んだ

第六章 日露開戦(後)

岩井三四二Miyoji Iwai

 先頭と二番艦は四本煙突でマストは低いから、ロシアとグロモボイだろう。しんがりをゆく艦は二本煙突で三本の高いマストをもつ。リューリックにちがいない。
「艦隊、ただちに戦闘配置。原速十七ノットに」
 敵影をその目で見た上村中将の声に応じ、山本大尉は信号兵を呼び、合戦準備のラッパを吹かせるとともに、マスト上に戦闘旗をかかげるよう指示した。
 いそぎあつまった軍楽隊の吹奏が終わると、前部マストの上に巻かれていた旗が開いた。うしろにつづく吾妻ら三隻もこれを認めたか、マストに戦闘旗をかかげた。
 一方、艦内は大騒ぎになっている。
 水兵たちはあわてていた。起床ラッパに起こされたと思ったら、すぐに合戦準備のラッパだ。顔を洗う暇もない。
 それでも日ごろの訓練のとおり、天窓や梯子口(はしごぐち)を閉じ、防火防水の準備、そして弾薬を運ぶなど、戦闘前にしておくべき煩雑な仕事をきびきびと片づけてゆく。コンパス・ブリッジでは防弾のために手すりに兵員の釣床が縛りつけられ、周囲が白一色になった。
「戦闘準備、よし!」
 それぞれの持ち場から、準備完了の報告があがってくる。
 これでいつでも戦える。
 しかし命令を下して十数分たつが、敵影はいっこうに大きくならない。艦の速度がすぐにはあがらないのだ。
 夜間のうちは八ノットで航行していたので、いきなり十七ノットにするのは大変である。うんと蒸気をあげねばならず、機関室では石炭だけでなく、薪(まき)や石油を投じて火力を強めようと必死になっているはずだ。
「敵、左に回頭」
 見張り員の声が届く。
「逃げようとしてるな」
「逃がすか。面舵(おもかじ)だ」
 逃げる敵の頭をおさえようと、艦隊は東南東へ針路を変えた。夏の空はようやく明るくなりかけている。
 ゆるく蛇行していると、ようやく速度があがってきた。
 舳先(へさき)の衝角が波を割ってすすむ出雲を先頭に、四隻の艦隊は単縦陣で敵に近づいてゆく。

プロフィール

岩井三四二(いわい・みよじ) 1958年岐阜県生まれ。96年「一所懸命」でデビュー。同作品で第64回小説現代新人賞を受賞。98年「簒奪者」で第5回歴史群像大賞、2003年『月ノ浦惣庄公事置書』で第10回松本清張賞、04年「村を助くは誰ぞ」で第28回歴史文学賞、08年『清佑、ただいま在庄』で第14回中山義秀文学賞、14年『異国合戦 蒙古襲来異聞』で第4回本屋が選ぶ時代小説大賞を受賞。他に『鹿王丸、翔ぶ』『あるじは信長』『むつかしきこと承り候 公事指南控帳』『絢爛たる奔流』『天命』『室町もののけ草紙』など著書多数。

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