よみもの・連載

「タ」は夜明けの空を飛んだ

第六章 日露開戦(後)

岩井三四二Miyoji Iwai

 ことに出雲は速い。上村司令長官の執念がそうさせるのか、ほかの三隻を置き去りにする勢いで敵にむかって突っ込んでゆく。
 コンパス・ブリッジにいる砲術長が測距儀(そっきょぎ)をのぞいて距離をはかる。敵のしんがりであるリューリックとの距離が八千四百メートルになってから砲撃がはじまった。時に五時二十三分。
 艦橋の前にある二十センチ主砲が火を噴くと、衝撃波が顔を叩(たた)き、轟音(ごうおん)が頭の芯まで響く。山本大尉はあわてて耳に綿を詰めた。
 敵艦の前方に高々と水柱があがる。敵艦からも赤い光が走り砲煙があがった。その弾丸は轟音を残して頭上を飛び去っていった。
 第二戦隊の四隻は、敵との距離を詰めながら発砲をつづける。出雲の二十センチ主砲四門と右舷の十五センチ副砲七門が間断なく咆哮(ほうこう)をつづけ、コンパス・ブリッジにいてもほとんど会話ができないほどだ。もちろん敵からも砲弾が飛んでくる。艦の近くに水柱がたち、ブリッジにまで水しぶきが飛んでくる。
 初の命中弾がでたのは、砲撃を開始して間もなくだった。リューリックの中央部付近に赤黒い爆炎があがり、空中に何かが飛散するのが見えた。ブリッジは沸いた。
 これを機に、第二戦隊の二十センチ砲弾がつぎつぎに命中しはじめた。
 最初に火災を起こしたのは、先頭をゆくロシアだった。その直後にはリューリックにも火災が発生し、しばらく艦上は黒煙につつまれた。五分ほどおいてまたリューリックの前部に火炎が見え、黒煙がたちのぼった。
 日本の砲弾は命中するとすさまじい火炎と黒煙を発し、艦上の構造物を吹き飛ばす。波の上に落ちたときでさえ、破裂して火炎を発し、盛大な水柱をあげる。その水柱の大きさたるや、ロシアの砲弾の何倍にもなる。下瀬(しもせ)火薬の威力である。
 砲撃開始から三十分もすると、彼我の優劣がはっきりしてきた。日本側の砲弾の命中率は高く、ロシア側の三隻は幾度も砲弾をあびて火災を起こしていた。
 対して第二戦隊の四隻はほとんど被弾していない。二番艦の磐手の左舷前部に一度、大きな爆発があって黒煙があがったが、それ以外に火災を起こした艦はない。
 東南東へ併走するかたちではじまった砲戦だが、敵艦隊はこちらから逃れようとして、たびたび針路を変える。そうはさせじとこちらも追従して、いくども針路を変えた。
 午前六時過ぎには逆方向の北西へ、その四十分後にはまた東南東へ、さらに二十分もするとまた北西へと、海上にℓ字の航跡をいくつも描いて執拗(しつよう)に敵艦隊を追いまわし、砲弾をあびせつづけた。

プロフィール

岩井三四二(いわい・みよじ) 1958年岐阜県生まれ。96年「一所懸命」でデビュー。同作品で第64回小説現代新人賞を受賞。98年「簒奪者」で第5回歴史群像大賞、2003年『月ノ浦惣庄公事置書』で第10回松本清張賞、04年「村を助くは誰ぞ」で第28回歴史文学賞、08年『清佑、ただいま在庄』で第14回中山義秀文学賞、14年『異国合戦 蒙古襲来異聞』で第4回本屋が選ぶ時代小説大賞を受賞。他に『鹿王丸、翔ぶ』『あるじは信長』『むつかしきこと承り候 公事指南控帳』『絢爛たる奔流』『天命』『室町もののけ草紙』など著書多数。

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