よみもの・連載

「タ」は夜明けの空を飛んだ

第六章 日露開戦(後)

岩井三四二Miyoji Iwai

   七

「なるほど、こりゃ駄目だな」
 受信機を操作していた駿吉はふり返り、うしろで見ていた係官に告げた。
「受信不良どころか、一字も受信できない。まったく駄目だ」
「コヒーラは動くんですがね」
 鵝鑾鼻(がらんび)望楼の係官は、不思議そうに首をかしげている。
「コヒーラが動いても……、いやあ、しかし暑いな。とても正月とは思えねえな」
 そう言いながら、駿吉は額の汗をぬぐった。
「なにしろ亜熱帯ですからね。正月だからって、雑煮を食う気にはなれませんね」
 係官は笑っている。ここ鵝鑾鼻は台湾の最南端にあり、バシー海峡をのぞむ岬である。この岬の対岸は――といっても約四百キロはなれているが――もうフィリピンだった。
 この地に海軍が望楼をもうけているのだが、連絡用に備えつけた無線機の調子が悪いというので、駿吉が修理に出向いたのである。
 明治三十七年十二月の末に横須賀を出発し、台湾で年を越して、いまは正月の二日だった。
 海軍の望楼建設も、最初は日本本土の要地ばかりだったが、いまや沖縄や台湾、千島(ちしま)列島にまでおよんでいる。その中でも重要と思われる地点を優先して無線を備えることになっていた。
 一方で艦船への無線取り付けも、戦艦と巡洋艦はすべて付け終わり、いまでは駆逐艦と砲艦に取り付けようという段階になっている。そのため横須賀工廠の試験所はフル回転で製造・据え付けにかかっており、技術者がまったく足りない状況だった。
 そこで各地での取り付けや修理に、工場長の駿吉まで出ざるを得なくなっていた。
 駿吉もまめな性格で遠隔地へ出向くのを厭(いと)わなかったから、北は千島から南は台湾まで出張し、あちこちで修理をしたり、無線機の運用について相談にのったりした。
「たしかにコヒーラは動く。そこから先の機器だな。まあ、見当はつくが。こいつはちょっと古い」
「はあ、なんでも軍艦からのお下がりだとか」
「うん。無線機ってのは、最初は戦艦から付けはじめたからな。軍艦のお下がりだとすると、戦艦か一等巡洋艦のものだろう。ゆれる船の上でも使えるよう頑丈に造ってあるから、悪いところだけ取り替えればまだ十分使えるはずだ」
「はあ、戦艦のねえ。守るも攻めるもくろがねの、浮かべる城ぞ頼みなる、ですか」
「軍艦行進曲か。近ごろよく聞くなあ」
「いやあ、国民の気持ちでしょう。陸軍が旅順に手こずってて頼りないから、いまは海軍が頼りにされているんでしょうね」
 係官はわけ知り顔で言う。陸軍も海軍もどっちもどっちだ、と駿吉は思った。

プロフィール

岩井三四二(いわい・みよじ) 1958年岐阜県生まれ。96年「一所懸命」でデビュー。同作品で第64回小説現代新人賞を受賞。98年「簒奪者」で第5回歴史群像大賞、2003年『月ノ浦惣庄公事置書』で第10回松本清張賞、04年「村を助くは誰ぞ」で第28回歴史文学賞、08年『清佑、ただいま在庄』で第14回中山義秀文学賞、14年『異国合戦 蒙古襲来異聞』で第4回本屋が選ぶ時代小説大賞を受賞。他に『鹿王丸、翔ぶ』『あるじは信長』『むつかしきこと承り候 公事指南控帳』『絢爛たる奔流』『天命』『室町もののけ草紙』など著書多数。

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