よみもの・連載

「タ」は夜明けの空を飛んだ

第七章 「タ」を連打せよ(後)

岩井三四二Miyoji Iwai

   六

 巡洋艦出雲(いずも)に乗り込んでいた山本大尉は、いつものように午前五時の起床ラッパで目を覚ました。
 軍服に着替えていると、激しくドアを叩(たた)く音がする。入れ、というと乱暴にドアが開き、
「タ、タです。タが来ました!」
 と当番兵が大声をあげた。山本大尉は軍服のボタンをかけながら、
「今度はまちがいじゃないだろうな」
 と落ち着いて問い返す。
「わかりません。でも来ました」
 真面目な返事に、うむ、とうなずき、山本大尉は差し出された電信用箋を手にした。そして佐藤中佐の部屋へ急いだ。
 飛び込んできた無線の一報は、対馬(つしま)にいる厳島(いつくしま)から三笠(みかさ)あてだった。対馬南方海域を哨戒(しょうかい)している信濃丸(しなのまる)からの転電である。
 信濃丸の位置から三笠は八十海里(約百四十キロメートル)以上はなれているので、無線でも直接はとどかない。それで厳島が中継したのだ。多くの無線機をつないだ電信網が、また機能したのである。
「どこで見たのかがわからんな」
 用箋を見た佐藤中佐の最初のひと声だった。本来、発見位置が電文の最後にあるはずだが、転電の過程で失われたのか、ついていなかった。
「ちょっと距離があるようですね」
「ま、今度はまちがいなかろう。すぐに出航準備だ。遅れるな」
 いま連合艦隊の主力は、鎮海(ちんかい)湾から外洋への出入り口である加徳(かとく)水道に仮泊している。旗艦で東郷(とうごう)司令長官が座乗する三笠だけは、東京との海底ケーブルによる電信の都合上、鎮海湾の奥に留まっていた。
「おお、来たんだって」
「まあ、そろそろ来るわな」
 艦内に伝令兵を走らせていると、どこで聞いたのか、仲間の将校たちが声をかけてくる。おめでとう、と言う者もいる。
「出航用意、総汽缶に点火せよ」

プロフィール

岩井三四二(いわい・みよじ) 1958年岐阜県生まれ。96年「一所懸命」でデビュー。同作品で第64回小説現代新人賞を受賞。98年「簒奪者」で第5回歴史群像大賞、2003年『月ノ浦惣庄公事置書』で第10回松本清張賞、04年「村を助くは誰ぞ」で第28回歴史文学賞、08年『清佑、ただいま在庄』で第14回中山義秀文学賞、14年『異国合戦 蒙古襲来異聞』で第4回本屋が選ぶ時代小説大賞を受賞。他に『鹿王丸、翔ぶ』『あるじは信長』『むつかしきこと承り候 公事指南控帳』『絢爛たる奔流』『天命』『室町もののけ草紙』など著書多数。

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