孫を抱く好々爺(こうこうや)のような面相には、よく見ると大きな刀瘡(とうそう)がいくつも刻まれ、歴戦を切り凌いできた古兵(ふるつわもの)であることを示している。 その隣にもう一人、いかにも鬼柄者といった風情の武将が立っていた。 「諸角(もろずみ)殿……。それに鬼美濃(おにみの)」 振り向いた信方は驚きをこめて呟く。 背後にいたのは、足軽頭の諸角虎定(とらさだ)と「鬼美濃」の異名を持つ原虎胤(とらたね)だった。 「駿河守殿、あの評定の場で躊躇(ためら)いもなく殿軍を申し出るとは、さすがは若君様。武田家のご嫡男ならば、かくあるべしというお手本にござりまする。この爺(じじ)めの魂魄(こんぱく)が、久々に痺れ申した」 諸角虎定は満面の笑みで続ける。 「この雪の中をこそこそと退くぐらいならば、残ってひと暴れしとうござりまする。われら槍足軽は追撃してくる敵に対し、最上の楯(たて)となりますゆえ、是非に殿軍の端へお加え願えませぬか、常陸殿」 「右に同じく」 眉ひとつ動かさず、原虎胤も頷く。 「……二人がさように申すならば、仕方がない。……されど、そなたらの兵、二千がすべて殿軍に入ると残る兵数との釣り合いが取れなくなってしまう」 荻原昌勝は渋面になる。 「ならば、選りすぐった兵を五百ずつ残していただければよい。殿軍は兵の多さではなく、少数の精鋭で素早く動ける方にこしたことはありませぬゆえ」 虎定はこともなげに答える。 「右に同じく」 原虎胤も同意した。 「それであらば、勘定も合うか……」 荻原昌勝は仕方なさそうに承諾する。 「もちろん、それがしの隊も殿軍にお加えいただけるということでよろしいか?」 いつの間にか、跡部信秋が話の輪に加わっていた。 「うわ、なんだ、伊賀守か……」 昌勝が思わず仰(の)け反(ぞ)る。 「……猫足で近づくなと、いつも申しておるではないか!」 「申し訳ござりませぬ。物見頭の性ゆえ、お許しくだされ」 「殿軍に加わるのは構わぬが、退路の物見も怠るでないぞ」 「お任せあれ。城の諜知と退路の物見は人員を分けますゆえ、ご心配なく」 跡部信秋は小さく頭を下げる。 「これで文句はあるまい、信方」 仏頂面の荻原昌勝が念を押す。 「過分なご配慮をいただき、感謝いたしまする。方々のご厚意もまことに有り難く。よろしくお願いいたしまする」 信方は深々と頭を下げた。 ――あれほど喰ってかかってきたくせに、望みのものを得た途端、手の平を返すか。調子者めが。 そう言いたげな面持ちで、昌勝が睨みつけていた。 「では、加賀守。あとは任せたぞ。われらも退陣の支度にかかる」 荻原昌勝は陣馬奉行に後事を託し、そそくさとその場を去る。