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連載
「新 戦国太平記 信玄」
第二章 敢為果断(かんいかだん)2 海道龍一朗 Ryuichiro Kaitou

 冷たい雨が篠(しの)つく中、興国寺城へ辿り着き、ここで大須賀新六郎と弟の弁千代丸を預かってもらい、大須賀太郎左衛門は長男の勝千代を連れて小田原城へ駆け込んだ。
 この勝千代が、今の福島綱成だった。
 事情を聞いた北条氏綱は大須賀兄弟と二人の遺児を快く迎えた。その日から福島綱成は北条氏康と一緒に育てられることになり、掛け替えのない側近となったのである。
 つまり、綱成にとって武田家は、父の仇敵(きゅうてき)だった。
「氏康様、それがしは父の仇(かたき)を取るなどという浅薄な怨みを抱いているわけではありませぬ。ただ北条家の一武将として、武田にだけは負けたくありませぬ」
「わかっているさ、綱成。そなたが恩讐だけに縛られる器の小さな将ではないことぐらい。されど、気が済むまで、思う存分に戦えばよい。余も一緒に戦うゆえ」
 氏康は笑みを浮かべて綱成の肩を叩く。
「はっ!」
「ところで、須走口に布陣した武田の将は誰なのであろうな。武田の嫡男も参陣しているのであろうか」
「武田晴信、にござりまするか」
「ああ、確か、われらよりも六つほど歳下ではなかったかな。かの者の初陣の話を聞いたか?」
「……はい、風聞に過ぎませぬが」
「初陣にて殿軍を志願し、その寡兵で父の信虎が落とせなかった敵城を抜いたという話か?」
「はい、さようにござりまする。されど、誇張した風聞を甲斐の者が流布したのではありませぬか」
「そうかもしれぬな。されど、もし、まことの話であったならば……」
 氏康が真顔になる。
「まことであれば?」
「まことの話であれば、とんでもない奴だ。初陣がさほど簡単なものでないことは、この身が嫌というほどわかっておる」
 氏康は無意識のうちに左頬の刀瘡をなぞっていた。そこにはまだ大きな違和感が残っている。
「いくら剛胆であれども、殿軍だけの寡兵で敵城を奇襲することなど、普通の者ならば考えぬ。余程の莫迦者(ばかもの)か、そうでなければ、生まれながらの戦巧者であろう。莫迦者も戦巧者も、手に負えぬということでいえば同じだ。油断できぬな」
「その武田晴信は、わが父が討死した合戦の最中に生まれたと聞いておりまする。これも何かの巡り合わせでありましょう。そういった意味でも、絶対に負けたくありませぬ」
「そうだな。されど、あまり逸りすぎるな、綱成」
「はっ、心得ておりまする」
 福島綱成は眼を細めて富士の東麓を睨む。



 
〈プロフィール〉
海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう)
1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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