冷たい雨が篠(しの)つく中、興国寺城へ辿り着き、ここで大須賀新六郎と弟の弁千代丸を預かってもらい、大須賀太郎左衛門は長男の勝千代を連れて小田原城へ駆け込んだ。 この勝千代が、今の福島綱成だった。 事情を聞いた北条氏綱は大須賀兄弟と二人の遺児を快く迎えた。その日から福島綱成は北条氏康と一緒に育てられることになり、掛け替えのない側近となったのである。 つまり、綱成にとって武田家は、父の仇敵(きゅうてき)だった。 「氏康様、それがしは父の仇(かたき)を取るなどという浅薄な怨みを抱いているわけではありませぬ。ただ北条家の一武将として、武田にだけは負けたくありませぬ」 「わかっているさ、綱成。そなたが恩讐だけに縛られる器の小さな将ではないことぐらい。されど、気が済むまで、思う存分に戦えばよい。余も一緒に戦うゆえ」 氏康は笑みを浮かべて綱成の肩を叩く。 「はっ!」 「ところで、須走口に布陣した武田の将は誰なのであろうな。武田の嫡男も参陣しているのであろうか」 「武田晴信、にござりまするか」 「ああ、確か、われらよりも六つほど歳下ではなかったかな。かの者の初陣の話を聞いたか?」 「……はい、風聞に過ぎませぬが」 「初陣にて殿軍を志願し、その寡兵で父の信虎が落とせなかった敵城を抜いたという話か?」 「はい、さようにござりまする。されど、誇張した風聞を甲斐の者が流布したのではありませぬか」 「そうかもしれぬな。されど、もし、まことの話であったならば……」 氏康が真顔になる。 「まことであれば?」 「まことの話であれば、とんでもない奴だ。初陣がさほど簡単なものでないことは、この身が嫌というほどわかっておる」 氏康は無意識のうちに左頬の刀瘡をなぞっていた。そこにはまだ大きな違和感が残っている。 「いくら剛胆であれども、殿軍だけの寡兵で敵城を奇襲することなど、普通の者ならば考えぬ。余程の莫迦者(ばかもの)か、そうでなければ、生まれながらの戦巧者であろう。莫迦者も戦巧者も、手に負えぬということでいえば同じだ。油断できぬな」 「その武田晴信は、わが父が討死した合戦の最中に生まれたと聞いておりまする。これも何かの巡り合わせでありましょう。そういった意味でも、絶対に負けたくありませぬ」 「そうだな。されど、あまり逸りすぎるな、綱成」 「はっ、心得ておりまする」 福島綱成は眼を細めて富士の東麓を睨む。