連載
「新 戦国太平記 信玄」
第二章 敢為果断(かんいかだん)3 海道龍一朗 Ryuichiro Kaitou

「ああ、確かに武辺(ぶへん)を生業(なりわい)とする武門の方々には、公家のなりわいというのがわかりにくのかもしれませぬな。もちろん、笛の家業というものが、笛を作るのが仕事でないことは、おわかりだと思いますが、公家の家業とは、いわゆる指南や目利きのことにござりまする。朝廷に列する堂上(とうしょう)家には必ず一つ以上の家業があり、それを研鑽し、御主上(ごしゅじょう)のために講話を施し、優れた学識として後世に伝えなければならぬ役目を負うておりまする。それは技術だけのことではなく、心得や所作など心技体すべてに及んで極めねばなりませぬ。さきほどの話を引用すれば、歌の家の方々は詠作に優れているだけでなく、屏風歌に使う倭絵(やまとえ)の目利きもできなければならず、歌会に使われる小道具、短冊、懐紙、筆、硯(すずり)、文台、円座(わろうだ)の類にまで見識を求められまする」
「……御師、わろうだ、とは?」
「円座とは、菅(すげ)や真菰(まこも)などを円形に編んだ敷物にござりまする。歌会はそれなりに長い時を過ごしますゆえ、座席の敷物も柔らかく、長く座っても心地良い物でなければなりませぬ」
「ああ、宴席でも使う、あの丸い敷物のことにござりまするか」
「はい。そうした細かい物ひとつひとつを検分できる審美眼が必要となりまする。当然のことながら、常に良い小道具を創れる職人を探し、見つけたならば御墨付きを与えて育てなければなりませぬ。朝廷や公卿の御墨付きを得た商家や職人は長く繁栄いたしますゆえ、こちらも研鑽を怠らなくなりまする。笛の家ならば、演奏の心得、技術、所作の研鑽に加え、楽理の研究や古(いにしえ)よりの楽譜の収拾などを行いまする。もちろん、良き楽器としての笛が必要なので、より使いやすく素晴らしい音の出る笛を作るために、職人にも造作の工夫を指南いたしまする。このようにして、公家の家業というものが成り立っているかと」
「初めて知りました。ためになりまする」
 感心したように、晴信は小刻みに頷(うなず)く。
「ところで、御坊。歌会に向け、われらは何をすればよろしいのでありましょうや?」
 信方が渋面で問う。
 歌会の成立を講話され、急に不安になったようだ。
「それはこたびの歌会が何日ぐらいになるのかによるのではありませぬか」
 岐秀禅師は怪訝(けげん)そうな表情で答える。
「何日ぐらい?」
 信方が不安そうに晴信を見る。
 晴信は無言で小首を傾げた。
「歌指南の冷泉為和様が滞在なされての歌会とならば、一日や二日ということはありますまい。それなりの期間にわたるのであれば、先方も武田の御屋形様を飽きさせぬ趣向をお考えになると存じまする。ならば、為和様がどのように皆様を指南なされるかを推察してみればよろしいかと。たとえば、まだ和歌に不慣れな家臣の方々も参加する歌会ならば、いきなり歌合とはなりますまい」
 岐秀禅師の言葉を聞き、晴信は傅役の顔を見る。



 
〈プロフィール〉
海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう)
1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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