於太の方は沈んだ面持ちでじっと耳を傾けていた。 「そのようなわけで、しばらく高島城で過ごした後、そなたには実家へ戻ってもらわねばならなくなった。武田家に対する面目上のこととはいえ申し訳ない」 頼重は小さく頭を下げる。 「……いつか、さような日が来るのではと思うておりました。於麻亜を実家へ連れていくことはできませぬか?」 「爺様が近くに置いておけと……」 「さようにござりまするか」 於太の方は哀しそうに眼を伏せる。 「されど、悪い話ばかりではないのだ。正室を迎えた後、然(しか)るべきを時を経たならば、正式にそなたを側室として迎え入れることができる。さすれば、また三人で過ごせるのだ」 「……はい」 「少しばかりの辛抱だ。堪忍してくれ」 「わかりました」 その時、小さな音を立て、襖が開けられる。 眠そうに眼をこする麻亜が立っていた。 「於麻亜、眼が覚めてしまったか」 頼重が声をかける。 「……ちちうえ……さま」 「於麻亜、こっちへおいで。父の膝の上へ」 「はぁい」 於麻亜が駆け寄り、胡座(あぐら)をかいた頼重の膝に乗る。 「すまぬな、起こしてしまい」 「起きたら、父上様がいらしたので、おまあは嬉しゅうござりまする」 「さようか」 頼重は眼を細め、娘の頭を撫(な)でる。 「於麻亜は美しい顔をしておる。きっと、三国一の花嫁になるぞ」 「おまあは……おまあは父上様の……およめに……なりとうござりまする」 於麻亜は恥ずかしそうに身を縮めながら言う。 「あははは、さようか。されど、母上が困っておるぞ。父の嫁様は、母上だからな」 「……ごめんなさい」 「まあ、よい。そなたを半端な漢には嫁がせぬ。必ずや、三国一美しい花嫁にふさわしき婿を見つけてやろう」 物心ついた童女の頃から、於麻亜はその愛らしさが家中でも評判になるほどだった。三国一の美しさというのも、あながち親の贔屓目(ひいきめ)だけではない。そのまま育てば、さぞかし美しい娘になると思われた。