連載
「新 戦国太平記 信玄」
第二章 敢為果断(かんいかだん)9 海道龍一朗 Ryuichiro Kaitou

 於太の方は沈んだ面持ちでじっと耳を傾けていた。  
「そのようなわけで、しばらく高島城で過ごした後、そなたには実家へ戻ってもらわねばならなくなった。武田家に対する面目上のこととはいえ申し訳ない」
 頼重は小さく頭を下げる。
「……いつか、さような日が来るのではと思うておりました。於麻亜を実家へ連れていくことはできませぬか?」
「爺様が近くに置いておけと……」
「さようにござりまするか」
 於太の方は哀しそうに眼を伏せる。 
「されど、悪い話ばかりではないのだ。正室を迎えた後、然(しか)るべきを時を経たならば、正式にそなたを側室として迎え入れることができる。さすれば、また三人で過ごせるのだ」
「……はい」
「少しばかりの辛抱だ。堪忍してくれ」
「わかりました」
 その時、小さな音を立て、襖が開けられる。
 眠そうに眼をこする麻亜が立っていた。
「於麻亜、眼が覚めてしまったか」
 頼重が声をかける。
「……ちちうえ……さま」
「於麻亜、こっちへおいで。父の膝の上へ」
「はぁい」
 於麻亜が駆け寄り、胡座(あぐら)をかいた頼重の膝に乗る。
「すまぬな、起こしてしまい」
「起きたら、父上様がいらしたので、おまあは嬉しゅうござりまする」
「さようか」
 頼重は眼を細め、娘の頭を撫(な)でる。
「於麻亜は美しい顔をしておる。きっと、三国一の花嫁になるぞ」
「おまあは……おまあは父上様の……およめに……なりとうござりまする」
 於麻亜は恥ずかしそうに身を縮めながら言う。
「あははは、さようか。されど、母上が困っておるぞ。父の嫁様は、母上だからな」
「……ごめんなさい」
「まあ、よい。そなたを半端な漢には嫁がせぬ。必ずや、三国一美しい花嫁にふさわしき婿を見つけてやろう」
 物心ついた童女の頃から、於麻亜はその愛らしさが家中でも評判になるほどだった。三国一の美しさというのも、あながち親の贔屓目(ひいきめ)だけではない。そのまま育てば、さぞかし美しい娘になると思われた。



 
〈プロフィール〉
海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう)
1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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