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連載
「新 戦国太平記 信玄」
第二章 敢為果断(かんいかだん)9 海道龍一朗 Ryuichiro Kaitou

「そなたと母上のために城を造っておるゆえ、楽しみにしておれ。諏訪湖が一望できる、素晴らしい城だ」
「はい」
「では、これから三人で諏訪の社へ詣でた後、高島の桜でも見に行くか。この陽気ならば、そろそろ綻(ほころ)び始める頃であろう」
 頼重の言葉に、於麻亜は嬉しそうに笑いながら頷く。 
 三人は上下の諏訪大社に参詣してから、諏訪湖畔の桜を見物し、親子水入らずの時を過ごす。
 輝く湖面を見ながら、頼重は奥歯を嚙みしめる。
 ――武田からの嫁など、人質と思えばよい。爺様はさように申された。くれぐれも、情に流されるなという戒めであろう。今は辛抱の時だ。必ず武田信虎の呪縛から逃れ、いずれ武田と比肩できるように諏訪の一統を強くせねばならぬ。この於麻亜のためにも。
 娘を抱き上げ、諏訪湖に浮いているような高島城を見上げた。
 この年春から天文八年(一五三九)の冬まで修築は続いた。
 そして、十一月に悲報がもたらされる。
 背中の癰が悪化し、破れた後に衰弱した諏訪頼満がそのまま息を引き取った。孫と一統のために村上義清との盟約を遺し、享年六十七の生涯を閉じたのである。
 頼重は喪に服した後、遺言に従い、天文九年(一五四〇)正月明けに於太の方と於麻亜を高島城へ移らせた。
 その頃、武田信虎から思いもしなかった一報が届けられる。
 春先、武田の軍勢が海ノ口城を足掛かりとして佐久郡へ攻め入るので、諏訪家も援護せよという通達だった。
 武田晴信が初陣で討ち取った平賀玄心は、村上義清を後盾とし、本貫の地としていた佐久郡から大井家を追いやっていた。
 大井家は信濃守護職の小笠原家の血脈に繋がり、宗家が守護代を務める名門だったが、村上の兵力を借りた平賀玄心に宗家が滅ぼされ、一門は離合集散を繰り返していた。
 信虎はまず平賀の残党を掃討し、その後に大井家の一門を制覇するつもりだった。それで佐久の全域まで勢力を拡げ、村上義清を交渉の席に着かせようという目論見のようである。
 ――おそらく、村上との盟約がうまく進まず、信虎が痺(しび)れを切らしたのであろう。
 頼重はそのように見ていた。
 ――ここは武田に与力をする振りをし、佐久での状況を静観するに限る。決して矢面には立つまい。
 諏訪頼重はそう決意し、新たな局面を注視していた。



 
〈プロフィール〉
海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう)
1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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