一同は無言で頭を下げ、評定の場には重苦しい空気だけが残った。 それには大きな理由がある。 本来ならば、この評定において感状が渡され、今回の戦での武功と褒賞が発表されるはずであった。 ただでさえ俸禄(ほうろく)が滞り、戦に使う兵粮(ひょうろう)も自前で持ち出していたため、将たちの不満は膨らみきっている。それを宥(なだ)めるために、今回の合戦における褒賞は、いつもの倍になると通達されていた。 しかし、褒賞の内容が発表される気配は微塵(みじん)もなかった。 それもそのはずで、確かに海野平合戦は勝利に終わったが、実際には戦勝の実が取れていない。確かに、小諸までは武田家の覇権が及んだが、大きな城を得たわけでもなく、新たな年貢を確保したわけでもなかった。 武田勢は海野幸義を討ち取るために、それなりの犠牲を払っていたが、村上義清(よしきよ)は誘降の策を仕掛けて難なく砥石(といし)城と松尾(まつお)城を奪取し、大きな実利を得ている。実際は小県の分配などに話は及んでおらず、勝利に見合う戦果が取れた合戦ではなかったということである。 家臣たちはそのことをわかっており、側近の者ですら不平不満を口にするようになっていた。 駒井(こまい)信為(のぶため)が青木信種に耳打ちする。 「……いかにも家宰の職についたが如き振舞をするならば、昌遠殿にはきちんと褒賞の話をしていただきたいものだ」 「まったくもって」 「まったく昌遠殿は御屋形様の御顔色を窺(うかが)うことだけには長けておる。されど、それだけでは、到底、家中に渦巻く不満を押さえることなどできますまいて」 駒井信為は皮肉たっぷりの言葉を囁(ささや)く。 「家宰の仕事を甘くみておるのであろうて」 青木信種が吐き捨てるように呟いた。 「取り急ぎ、われらも会合を開いた方がよいかもしれぬ」 「その際に何とか甘利(あまり)を引き込めぬだろうか」 「確かに、それは重要かもしれぬ。それがしから声をかけてみましょう」 駒井信為の言葉に、青木信種が頷きながら大広間を出ていった。 他の者たちも評定の場を去って行く中、思い詰めた面持ちの信繁が、晴信に近づいてくる。 「……兄上」 声をかけられた晴信が振り向く。 その様子を、少し離れた処(ところ)から信方と甘利虎泰(とらやす)がそれとなく見ていた。