連載
「新 戦国太平記 信玄」
第二章 敢為果断(かんいかだん)17 海道龍一朗 Ryuichiro Kaitou

 甘利虎泰と飯富虎昌はさすがに家中でも一目置かれる武辺者(ぶへんしゃ)であり、ほとんど真中丸か、一の黒丸を外さない。
 それを見て、晴信と信繁も気を引き締め直す。傅役とはいえ、家臣に遅れはとりたくないという気概に満ちていた。
 最初の三番勝負は僅差で晴信と飯富虎昌の組が勝ち、信繁は心底から悔しがった。
 そして、そこで昼餉(ひるげ)となる。
「やはり、競い弓は面白いな」
 強飯(こわいい)を頬張りながら、晴信が上機嫌で言う。 
「……兄上は勝たれたゆえ、面白かったかもしれませぬが、信繁は本気で悔しゅうござりまする。兄上に負けぬよう修練してきたのに……」
 紅潮した頰を少し膨らませながら、信繁が答える。
「ならば、午後からは五番勝負とするか?」
「まことにござりまするか」
「ああ、いいよ。長丁場になればなるほど地力の差が出やすくなる。そなたの腕が物を言うのではないか」
「二人もそれでよいかな?」
 信繁が甘利虎泰と飯富虎昌に訊く。
「異存ござりませぬ」
 斉唱するように二人が答え、顔を見合わせて噴き出す。
「では、決まりだな」
 晴信も頷く。
「ところで、信繁」
「何でござりましょう」
「遠駆けが終わった後、わが屋敷で一緒に夕餉を取らぬか?」
「まことにござりまするか」
 信繁が眼を輝かせる。
「ああ、まことだ。御方(おかた)がな、夕餉の支度をしてくれているのだ。母上もお出でになるから、久方ぶりに皆で団欒(だんらん)をしよう」
「う、嬉しゅうござりまする」
「甘利、構わぬか?」
 晴信が傅役に訊く。
「まったく異存ござりませぬ」
「では、そなたと飯富も一緒にどうであろうか」
「まことにござりまするか」
 甘利虎泰は驚きながら聞き返す。
「本日、供をしてくれた礼だ」
「そういうことならば、なあ、虎昌」
「三条(さんじょう)の御方様の手料理とは、身に余る光栄にござりまする」
 飯富虎昌も身を乗り出す。 
「では、午(ひる)過ぎから五番勝負をやり、昏(くら)くなる前に戻るとしよう」
 晴信は床几(しょうぎ)から立ち上がり、晴れた空に向かって大きく伸びをする。
 これまで互いを避けるようにしていた弟と親密な時を過ごし、少し照れくさい気持ちになっていた。それでも、童の頃に抱いていた感情が甦(よみがえ)り、嬉しくなった。
 昼餉を終えた四人は軽く手足を動かしてから、五番勝負に臨んだ。



 
〈プロフィール〉
海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう)
1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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