その頃、信方は一人で苦悩していた。 ――この悩みを誰かに打ち明けたいのだが、誰に相談すべきかもわからぬ。果たして他言してもよいことなのか。 考えれば考えるほど深い昏迷(こんめい)から抜け出せなくなる。 ――雪斎殿の目論見が未だ明確に読めぬ……。甲斐国内の叛乱(はんらん)と武田家に相続の内紛が起こることを嫌うておることだけはわかるのだが……。 そんなことを考えている最中に、飯富虎昌が訪ねてくる。 「駿河守殿、突然、失礼いたしまする。青木殿の寄合から直にまいりましたゆえ、ご容赦くだされ」 「まことか!?」 「はい。急ぎお伝えした方がよい事柄がありましたので」 飯富虎昌は寄合の中で駒井信為が語ったことを余さずに伝えた。 それを聞いた信方の顔色が変わる。 「あの駒井殿がさように強硬なことを……。信じられぬ。いくら土屋殿に物申すためとはいえ、御屋形様の帰路を封じた上に領内の嗷訴をちらつかせて直訴などに及べば、謀叛と判じられかねぬぞ」 「さようにござりまする。それゆえ、駿河守殿にお伝えせねばならぬと思いまして」 「この機に聞いておいてよかったかもしれぬ」 「駿河守殿、それがしが見る限り、青木殿と駒井殿は本気にござりまする。どうにかせねば、家中が割れるのでは」 「そうだな。何か手を打たねば……」 信方は険しい面持ちで腕組みをする。 「お任せいたしまする。それがしはこれから飯田殿の寄合に行ってまいりまする。あちらからも誘われておりますゆえ」 「大丈夫なのか!?」 「大丈夫でござりましょう。それがしは末の末の席で身を縮めているだけなので、あの方々の眼にも止まりませぬ。双方の話をわかっていた方がよいと思いまするが」 虎昌はこともなげに答える。 「それはそうだが……」 「お任せくだされ。では、行ってまいりまする」 飄々(ひょうひょう)とした飯富虎昌の後姿を見ながら、信方は困ったように笑う。 ――やれやれ、剛胆なのか、ただとぼけているのか、まったくわからぬ……。いや、今は考えねばならぬことが山ほどある。 己の頬を両手で叩き、気合を入れ直す。 屋敷の一室に籠もり、信方は思案を始めた。 すると、半刻(一時間)もしないうちに、別の来客が訪れる。 それは信方にとっても意外な顔ぶれだった。