「それ以上に、今川家は当家に内紛が起こり、再び甲斐がばらばらになることを怖れているのではあるまいか。先方の軍師が北条(ほうじょう)家の内情まで漏らしたのは、それを避けたいがためであろう。今川家が晴信様に早く跡を嗣(つ)いでほしいというのは、案外、本音かもしれぬな。して、これだけの事柄がわかった上で、そなたはどう動く、信方?」 原昌俊は真顔で問う。 「いま家中にある謀叛まがいの動きを鎮め、御屋形様に廃嫡を撤回していただかねばならぬ。それを同時に断行するには、いったい、何をどうすればよいのか……」 苦渋に満ちた顔で、信方が項垂(うなだ)れる。 それを見た原昌俊が別の質問を放つ。 「ところで信方、あれから甘利(あまり)とは話をしたのか?」 「ああ、先日、甘利と吞んだ。色々と話をし、これまでの蟠(わだかま)りも解けた。信繁(のぶしげ)様も御自身が武田を嗣ぐことなど望んでおらぬと申されているようだ」 「さようか。それはよかった。ならば、こうしてみてはどうだ」 原昌俊は背筋を伸ばしながら言う。 「そなたが家宰に名乗りを上げればよい」 「な、何を申すか、昌俊」 信方が狼狽(ろうばい)する。 「戯れではないぞ。そなたが家宰に名乗りを上げるならば、この身は全力でそれを支えるつもりだ。晴信様はもとより、信繁様や甘利も歓迎するであろう。それだけでなく、家中の多くの者がそれに賛同してくれるのではないか。そなたが依怙贔屓(えこひいき)などする漢ではないということがわかっているからな。御変調をきたした御屋形様と追従しかせぬ土屋殿では、この事態を収められぬ。御屋形様には御静養いただき、土屋殿には御側で存分に追従していただこう。その間に、留守を預かる晴信様をご先頭に、領国の立て直しを行えばよいのだ。太原雪斎殿の口振りからすれば、おそらく今川家も協力してくれるだろう」 「本気で申しておるのか、昌俊」 「ああ、本気だ」 「雪斎殿に言われた時もそうだったが、何やら謀叛を持ちかけられているような気分になる」 「謀叛か。確かにな。されど、謀叛も辞さぬという覚悟を持たねば、今の御屋形様に諫言などできぬと思うがな」 「それはそうかもしれぬが……」 「謀叛など起こす必要はない。晴信様とそなたが立ち上がり、内紛を未然に防ぎ、家中をまとめさえすれば、それで済む話だ。この身は協力を惜しまぬ。甲斐を立て直すためだからな」 原昌俊はきっぱりと言い切った。